書を司る者【掌編小説】
瞳がこぼれ落ちそうなほどに目を見開いて、少年は高くそびえる無数の本棚を見上げた。
「ここが……王宮図書館?」
部屋いっぱいに大好きな本の香りが漂っている。まだ読んだことのない本がこんなにたくさん世の中にあるなんて。周りの本棚に目を走らせただけで、少年の心は踊った。
「そう、私はここで魔導司書をしているの。あなたのことを案内するわ」
そう言われ、少年はその日の目的を思い出した。目の前の女性ーーとはいえ彼女も本来少女と呼ばれるに相応しい年齢なのだがーーの背に続きつつ、彼は控えめに探りを入れる。
「今日は、魔法を教えてもらえるって聞いてきたんですけど……」
彼女ーー魔導司書ルカリスは、歩みを止めずに返答した。
「それはまだ先の話。魔法を使う前に、たくさん覚えておかなきゃいけないことがあるのよ。危険な魔法もあるからね」
「危険……? たとえば?」
少年はつい、いつもの癖で聞き返した。彼の育ての親である賢老(けんろう)は、こうした彼の性質にもよく付き合ってくれる。しかし同じことを屋敷の使用人たちなど他の人間に求められないことは、幼いながらに理解していた。
そんな彼の想像とは裏腹に、目の前の魔導司書は言い淀むことなく彼の疑問に答えてくれた。
「周りの建物を壊しちゃったりだとか、あとは……使った人が死んじゃう魔法とかね」
「そうなんだ……」
こうなるともはや彼の好奇心はとどまるところを知らない。頭に浮かんだ疑問をそのまま口にすることもはばからず、こう続けた。
「お姉さんは使ったことあるの?」
その問いに魔導司書は振り返る。想定外の質問をされたという顔だった。
「危険な魔法?」
「うん!」
至極丁寧に、あるいは多少の威圧感をもって彼女は少年と目の高さを合わせた。ほんの悪戯心もあったと思う。夕陽のように朱く燃える彼の瞳の奥を覗き込み、敬愛する女性の口調を真似て囁く。
「さあ、どうかしら……試してみる?」
「え……?」
期待と不安の折り混ざった少年の端正な面持ちに、ルカリスは多少愉快な気分になった。しかし今日は祖父から引き受けた大事なミッションがある。これ以上、悪戯に時間を使うのはナンセンスだろう。
「ふふ……冗談よ。さ、このままじゃ終わらないわ。向こうの棚でこの王国の歴史のことから勉強しましょう」
この少年のよき家庭教師となること。それが彼女の退屈な日常に与えられた、新しい役割だ。
「歴史の勉強はしたよ。英雄のことも、魔障(ましょう)のこともしってる!」
そんな彼の子どもらしい反応に、ルカリスは思わず笑みがこぼれてしまう。
「そう、偉いのね。じゃあ早速、テストしてみましょうか!」
「テスト……?」
少年が訝しげに首を捻る。
しかし彼はもう自分の教え子なのだ。これくらいのやり方は許されるだろう。
「私の出す問題に100個答えられたら、今日はひとつだけ魔法を教えてあげるわ」
そう告げると、その少年ーーデイルズは、目を輝かせてこう言った。
「うん、ぼく頑張るよ! だから絶対教えてね、約束だよ」
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