ミハルカ・テーゼの章(1)【掌編小説】
ミハルカという名前には、大空という意味があるらしい。
テーゼ家の長女として生まれた私に、当時の王国付き魔導師であったお祖父様がつけてくれた名だ。
「また古代文字の勉強か?」
王宮図書館で一人勉強していると、積み上げた分厚い魔導書の隙間からロジウ様が顔を出した。
「はい。今は先祖の故郷で用いられていた言語の解読にいそしんでいます」
第一賢者であるロジウ様は、私の親友エリーネのお父上でもある。とても気さくな方で、こうして学生である自分にもよく声をかけてくださるのだ。
「ところでミハルカ、魔導薬学に興味はないか? 今、優秀な魔導師たちを集めて家や身分の垣根を越えた勉強会をしているんだ」
そのような有難いお話をいただけるのも、ひとえに私がエリーネの学友であるためだろう。
「有難いお誘いですが、わたくしの家の者が出入りすると賢者様にご迷惑がかかります。エリーネもどんな目で見られるか……」
賢者御三家と呼ばれる家の中でも、私の生まれたテーゼ家には特殊な事情があった。
かつて魔王の手に堕ちたとされる緑眼の聖女、ミェゼ様の母君がテーゼの出身であり、ミェゼ様の《英雄の力》が魔王に奪われたのはテーゼ家の落ち度であるとする声があるのだ。
私が言い淀むと、賢者様は首を傾げた。
「うん? エリーネは勉強会には参加しないぞ? あれに魔法学の才がないことは父である私のお墨付きだ」
あっけらかんとした物言いに、私は面食らってしまった。
「ですが……」
「言い方が悪かったか? ならば言い直そう。君をテーゼ家の賢者候補者と見込んでスカウトしている。私は君の家とも仲良くしたいんだ。この国の未来のために」
ロジウ様の率直な物言いにはたびたび惚れ惚れする。その率直さは娘であるエリーネにも受け継がれているように思われた。
「ちなみに、ブライト家のジェミ君も参加するぞ。彼女は非常に優秀な学者になるだろう」
こうして私は、ロジウ様の勉強会に参加することとなった。それは後に賢者となる私の人生の、始まりの出来事だった。
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