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老いを考える:その1

86歳でひとり暮らしをしている母がいる。大病で入院することもなく基本的には元気だが、2年前に受けた白内障手術後、左目に支障が出てしまったので、これまで1カ月に1度だった帰省(都内なんだけどね)を、もう少し増やそうと考えている。

いつもは日帰りだけど、先日は1泊して家具の処分とそれに伴う部屋の片づけで、久しぶりに2日間一緒に過ごすことになり、今まで気づかなかった日常の様子を垣間見ることができたのだが、改めて親の老いを実感することになり、少しショックだった。

父亡きあと、戸建てを売却して小さい部屋に移った時(70代後半)は、一人でほとんどの荷物を処分する元気があったし、引っ越しを一切、子供に手伝ってもらわなかったことが自慢のようだった。それから気ままな独り暮らしを満喫することを謳歌してきたので、新居には片付いてない荷物もあり、ちょっと物が多い感じがずっと気になっていた。それで、その2日間でとにかくワシワシ片付けた。「貴女がいなくなった後で、これをするのは私よ」というニュアンスも少しずつ感じさせながら。

少し前までは、物の多さを指摘すると「自分でやるからいい」と不機嫌になった母だが、今回はさすがに体力もなく、私の好きなようにやらせてくれた。裁縫好きの母が取っておいた端切れなどを大量に捨てることにも、アッサリ同意。目が見えづらくなって、細かい針仕事ができなくなったからだ。

こざっぱりした部屋の中で、新聞を読みながらウトウトしたり、昼下がりの風景をずっと窓から眺めていたり・・・。滞在中、気が付くと特に何もしていない母の様子を見ることが多かった。普段の日常もこんな感じなのかな?整理した荷物から祖母の古い写真が見つかると、「明日からはこの整理が仕事ね」と嬉しそうに言う。通院やシニア体操に出かける日もあるが、特に予定のない日を過ごすことがほとんどなのだろう。

旅行も「特に行きたいところもない」らしく、宿泊先の豪華な食事がそもそも食べきれない。誕生日に洋服を贈っても、あまり喜ぶ様子もなく、物欲もないようだ。

母とは30歳違い。今から30年後、私も同じような心境になるのだろうか?人生100年時代とは言うけれど、本当に長い年月。

老いとは、有り余る時間をやり過ごす日々なのだろうか?







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