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七番目の黒天使

 キミの背中に黒いつばさが生えた。
 キミは国に保護されてしまった。
 世界じゅうの人たちがやっきになって、小学六年生のキミがなにものなのかを、いがみあいながら果てなく論争した。
 過去、六人の黒天使たちがこの星にはあらわれた。
 いずれも、少年だった。
 天使は白いつばさだと決めつけられていたために、いつしかかれらは黒天使(こくてんし)と呼ばれるようになった。
 ある文献によると、どの黒天使たちも悲しいさいごをむかえていた。
 なかでも六番目の黒天使のものがたりは、モノクロ映画となり数おおくの賞を受賞した。
 映画のメッセージはすばらしかった。
 人間にはもともと、つばさを生やせる能力がそなわっているというものだった。
 しかし現実には、いちどついた黒天使のイメージが劇的に変わることはなかった。
 イメージ。
 歴史的にみるならば、不幸にもそのあとに起こったさまざまな戦争が、そのイメージをおおかた決定づけてしまったもといえる。
 さらに悪いことには、その戦争の規模は致命的なまでにどんどんと大きくなってきており、きっと七番目の黒天使の登場は世界に終わりをもたらすだろうと噂されていた。
 そこに、キミがあらわれたのだ。
 しかし一部には、キミがあらわれたことでキミがそういった予兆の存在ではなく、史実は権力の介入がきっかけで戦争を引き起こしたのだと説いて、キミを奪還しようという過激な行動を呼びかける人たちもいた。
 だからキミには危険がせまっていた。
 だからキミの保護に踏みきった国の判断は、キミの確実な安全を考えればボク個人としては納得できるものではあった。

 キミは、天使なのか?
 それとも天使のふりした悪魔なのか?
 あのとき世界じゅうが疑心暗鬼となっていた。
 不安をあおるだけあおるといった意味では、大衆は後者の意見のほうへとかたむきつつあった。
 でもね、ボクは知っていたよ。
 わかっていたし、キミはそれ以外のなにものでもなかった。
 キミはボクの友だちで、かけがえのない親友だった。
 なのにボクはいつもキミに助けてもらうばかりだったね。
 ボクが疑われたとき、ボクをかばってけんめいにそれを晴らしてくれた。
 逆上がりができるまで、ずっとそばにいてはげましつづけてくれた。
 そんなときキミは大丈夫だよって言いながら、不安を勇気に変えてくれる魔法のようなウインクをボクにしてくれたね。

 あれは三月のはじめの、雲ひとつない空をした日のことだった。
 お昼休みにとつぜん先生から、キミが次の授業にだけ出席するという話があった。      
 キミのたっての希望だと、先生は声をふるわせていた。
 キミがどんなにつらい思いをしているのかを思わない日はなかった。
 だからキミに会えることがうれしい反面、なにもできないその後ろめたさにボクはキミにかける言葉を見つけられずにいた。
 校内はすでにおおくの警察官と機動隊員らによって警備されていた。
 極秘に、さらには気づかれないように進行していたようで、空にヘリコプターなどはまったく飛んでいなかった。
 チャイムが鳴り、五階にある教室にふわふわした白いロングコートを着たキミが入ってきた。
 キミはふしめがちに、ひとり席替えして空けていたいちばん後ろの真ん中の席にすわった。
 その後ろで、五人の黒い背広姿の警護官らがしっかりとキミをガードしていた。
 キミのコートの下につばさがあるなんて、ちょっと見ただけではわからない。
 キミをつつみ込むようにきれいに仕舞われているその黒いつばさは、もうすっかりキミの一部になっているようだった。

 授業が終わった。
 授業中、ボクはキミを見ることができなかった。
 キミは教卓の前に立ち、みじかい別れのあいさつをした。
 その言葉には、あのいつものぽかぽかした音色がなかった。
 つづいて先生が事情を話しはじめた。
 窓際から二列目の前から三番目の席のボクを、キミはそのとき、やっと見てくれた。
 目が合うと、パッとお互い笑顔になった。キミが窓の外に目をやった。
 ボクも、目で追った。
 それからキミを見たボクに、キミはウインクした。
 そのとたんボクは立ちあがり、ダッシュして閉めきっていた窓を勢いよく引いて開け放った。
 ボクはキミをふり返った。
 キミは、うなずいた。
 先生は口が開いたままボクを見ていた。
 すると一斉に椅子を引く音がしてクラス全員が立ちあがり、その半分近くが不規則に机と机のあいだの通路に立ってキミをまもった。
 キミがスローモーションでボクの前を駆け抜けていった。
 コートが宙を舞い、黒いつばさを背中に閉じたキミが窓から飛びだした。
 窓の外からバサッバサッバサッという音がおおきく聞こえてきて、そこでボクの意識は正常にもどった。
 ボクの目の前に、真っ白なつばさを閉じて浮かぶキミの後ろ姿があった。
 そうなんだ、キミのつばさは、真っ白になっていた。
 静止したキミのからだが、少し下がった。
 その瞬間、キミはつばさをひろげて羽ばたき、そして白いつばさからまばゆい光を放ちながら大空へと舞いあがっていった。

 その日から一ヶ月ほどボクは自宅謹慎になった。
 そのあいだにボクは父親をとおしてキミが隠れていそうなところを聞かれ、キミとかわした会話のすべてを思い出すかぎりノートに書かくようにいわれた。
 ボクはできるかぎり誠実にこたえ、思い出すかぎりノートに書いた。
 キミの両親のことを思えば、そうすべきだと思った。
 この不手際にこの国は世界各国から猛烈な非難をあび、よく意味がわからない謝罪を強く求められた。
 そこで国はキミの両親に呼びかけてもらうことにした。    
 それでもキミは、でてこなかった。

 そのあと起こったできごとは、誰も説明できなかった。
 なぜそうなって、地球はまもられたのかは、常識では理解不能だった。
 その日を人々は、奇跡の日と呼んだ。
 ボクはキミが空になったんだと思った。
 キミの静止と少しの落下を思い、ボクはその日、ずっと泣きじゃくった。
 その日はひと晩じゅう、雨が降りつづいていた。

 自動操縦のコックピット。
 機長席から澄んだ青空が見える。
 昨夜、夢をみた。 
 あの奇跡の日から繰り返しみる、同じ夢を。
 キミも、ボクも、白いつばさで一緒に空を自由に飛びまわり、この海と森の星を眺めている夢。
 その夢をみた朝は、この青空のように心が澄みわたり、悲しみというちいさくなった雲は雨を降らせることはなかった。
 ねえ、知ってる?
 知ってるよね?
 国は教室での出来事を公表しなかった。そのおかげでボクとクラスメイトたちは、過度にもてはやされることも、ひまつぶしにバッシングされることもなかった。
 いまクラスメイトたちのなかには才能を開花させて、めざましい活躍をしているものもいる。
 あるクラスメイトはボクこそが真のヒーローだと言う人もいたけれど、ボクはボクひとりの行動だけでは奇跡は起きなかったと思っている。
 真のヒーローは、キミなんだ。
 ボクはキミの魔法にかかったにすぎない。
 親友という、魔法にね。
 ボク個人にできることはこうして誰かと誰かをむすぶことくらいしかできないけど、いつかキミの人生のようにボクの人生が誰のチカラになれるようにと願いながら生きている。  
 そう、キミがいま抱きしめている、このかぎりなく美しい地球の上で。  
                

  (終)

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