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恐山#1

名前のあるものだけが弔われるんだ
見渡す限りの石ころの荒野で
石ころに刻まれた名前が
からすのこえに混じって
かたかた音をたてはじめる
会えるという
会えたという
ただそれだけの途方もない願い

生きている人を救うには
死人の言葉を借りなくては
くりかえし くりかえし
こちら側とあちら側の間に立って
名前を呼んでいる老婆
「もう大丈夫ですから安心してください」
くりかえし名前は呼ばれる

ふりむいてはいけない気がした
ふりむかずにはいられなかった
愛した人の愛したもの
あなた煙や花になんて興味なかったでしょう?

死後の世界を知らない
ぼくたちは劇場に頼るしかすべがない
地獄に似た
浄土に似た
土地と木と水を依り代に
会えるという
会えたという
ただそれだけの途方もない願いのために
名前をもつ人が
名前をもつ人を弔いにゆく

恐山

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