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人を知る。偉業を知る。これがノンフィクションの醍醐味なのかも

U子

真っ黒い表紙に白抜きで大きく書かれた「毒蛇」の文字。『完本 毒蛇』は文春文庫から文庫版として発売されたノンフィクションである。

著者は小林照幸さん。明治薬科大学在学中の1992年に原型の『ある咬症伝』で第1回開高健賞奨励賞を受賞。同年、名を「毒蛇」と改めて単行本が発刊された。

そして2000年に『完本 毒蛇』として文庫版が発売に。それがいま手元にある。すごい本です。コレ。

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ハブの血清作りに尽力した医師の軌跡

この本は、名前の通り、毒蛇「ハブ」の話である。
ただ、本を読むまでは、毒蛇とはいえ、ハブがここまで怖い生き物であるとは知らなかった。

昭和30年代、奄美大島や沖縄ではハブに咬まれる被害「咬症被害」が続出していた。人々を苦しめ、島の発展を阻害してきたのが、台風とハブ、とまで書かれている。

台風は怖ろしいのは知っているけど、ハブも…?なぜ?
読むとわかるのだが、ハブはいつどこで咬まれるかわからない恐怖の存在だから。咬まれるとすぐに脳髄を突き抜ける激痛に苦しめられ、患部は二倍三倍に膨れ上がるそうだ。時間がたつほど苦しみがひどくなり、死に至る。血清治療を受けないかぎり命の保証はないという。

そんな現状を目の当たりにしたのが、医師の沢井芳男。現地を訪れて被害の深刻さに触れた沢井医師は、半生をかけて血清の改良や予防ワクチンの開発に尽力した。

この沢井氏の取り組みや研究に魅せられたのが、著者である小林照幸さんだ。ハブ毒の被害撲滅の情熱に燃えた沢井医師の軌跡を、丹念に1冊の本にまとめた。それが、この『毒蛇』である。著者が開高健のノンフィクション賞に応募し、見事受賞したことによって、世の中に広まった。

本との出会いは、高校の文化祭

『毒蛇』の発刊から何年か経ったことだと思う。私は高校の文化祭で開催された、小林照幸さんの講演会を聞いた。

すでに小林さんは、「朱鷺の遺言」という本で大宅壮一ノンフィクション賞を史上最年少で受賞し、『フィラリア』『死の貝』などの著書も出版していた。今なお続いている日曜日朝のTBS番組『関口宏のサンデーモーニング』にもコメンテーターとして出られていて、名前は知っていた。でも、私自身はノンフィクションという分野にまったくなじみがなく、というよりも、フィクションもノンフィクションもわからないレベルであり、高校生のその頃は、もちろん著書を読んではいなかった。

講演会では、ハブやフィラリアなどを話題に深くお話をしてくださった。あわせてスライドで写真をたくさん見せていただいた。フィラリアの症例写真は衝撃とともに記憶に残っている。また、ハブ毒被害の写真も、お話を聞きながら見た。

暑い夏の体育館。噴き出す汗をぬぐいながら夢中で話を聞いた。知らないことを知ることは素晴らしい。興味が増し、知らないことにどんどん出会いたいと思った。当時はウィキペディアなんてなかったから、図書館で調べるしかなかったけれど、興味が興味を呼び、好奇心が湧いて出ていた。

それが、『毒蛇』との出会いであり、小林照幸さんのノンフィクションに興味をもつきっかけである。

映像を見ているような臨場感と緊張感

歴史をノンフィクションで描いているが、目の前で起こったことを記しているかのような臨場感がそこにはあった。緻密な取材がされているのだろう。文字を追うごとに映像で浮かんでくる

ハブに咬まれた状況、毒がまわる緊迫感、痛み。血清作りのさまざまな失敗や焦り、採毒の緊張感など、まるで目の前で見ているように錯覚した。ただ淡々と描くのではなく、登場する人々の会話などで、温かみや人間性も感じられた。

ノンフィクションはこんな読書体験ができるのか!初めて知る感覚だった。

苦手だけど気になる。それが蛇…

ギラついた目で『毒蛇』を読んでいるが、実は蛇のは非常に苦手…。見るのも怖い。でも昔から、やけに気になる存在だ。

苦手と言いつつも、怖いもの見たさで蛇を検索したり、図鑑を眺めたり、周囲をキョロキョロ見まわしてうっかり蛇を見つけてしまう。自分でも不思議なくらい、蛇を気にして生きている。

実家は緑が多く、春を過ぎると蛇に遭遇することが多々あった。
アオダイショウ、シマヘビなどが多いが、祖父や母からは「赤い線があるのは毒蛇だから気をつけなさい」と言われて育った。この赤い模様のある蛇が「ヤマカガシ」。毒はたしかハブやマムシよりも強いらしい。噛まれたらどうしたらいいのだろう。蛇は苦手だけど、子どものころからヤマカガシや毒をもつ蛇に興味をもっていたのだ。

講演会では、ヤマカガシの血清についても話題が及んだ。ヤマカガシの血清はとても少なく、たしか県ごとに1つほどとおっしゃっていたような…。蛇にもし咬まれたら?遭遇したらどうするの?毒蛇の対策は意外と整っていない。どうやら、血清作りは大変らしい。

自分自身の蛇苦手体験と、講演会のお話。この2つが重なって、小林照幸さんの『毒蛇』も読んでみなくちゃ!と好奇心がわいたのだ。

生きざまが描かれるノンフィクションってすごいや。

蛇への好奇心で読み始めたが、この本に描かれている情熱や医学史の歴史には圧倒された。血清作りに携わる人たちの情熱、特に沢井医師の咬症被害撲滅の取り組みはすさまじく、苦しんでいる人たちを救う使命はなみなみならぬものだと実感した。

沢井医師の真摯な生きざまは、今ぼんやり生きている私に強烈に響いた。あの手この手で自分の目標に近づいてやるぞーと燃えてくる。そして本を読みながら何度も思ったのは、沢井医師がいてくれて本当によかったということ。

沢井芳男という偉業を成し遂げた医師の半生を知ることができたのは、この本があったおかげだ。ノンフィクションってすごいや。「医学史発掘ノンフィクション」と書かれていたが、まさに!な内容。情熱を感じられる面白い一冊でした!


*おまけ*

ヤマカガシの血清は不足している

ちなみに、群馬県には蛇を専門的に展示する「ジャパン・スネークセンター」という施設があります。日本蛇族学術研究所が所有、運営管理をしており、沢井医師が開設、理事長を歴任していたようです。

毒蛇の研究もしており、前述したヤマカガシの血清を作っているのは唯一ここだけだそう。なんと。

3年ほど前、兵庫県で蛇に咬まれて意識不明になった男児のニュースがあり、とても気になっていました。咬んだ蛇がヤマカガシとわかり、血清が間に合って治療が施され、無事に退院できたとのこと。本当によかったです。

でも今、ヤマカガシなどのマイナー系の毒蛇の血清作りがピンチとのこと。withnewsの記事でも取材されていて、その後も気になります。

どうか施設が続きますように。血清も無事に作られ続けますように。

「毒蛇110番」というものがあったので貼りつけておこう。医療関係者の方が見るものですが、知っておく必要は絶対にあるぞと。

以上、『完本 毒蛇』からのお話でした。
蛇は本当に苦手です。でも気になるんだなあ。なぜかな。

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