カーボンニュートラルへの道2 ~映画「フラガール」を見て考えるジャストトランジション~
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カーボンニュートラルへの道2 ~映画「フラガール」を見て考えるジャストトランジション~

「もし外国がオイル売ってくれなくなって、その時に石炭掘ってなかったら日本はどうなる?」

映画「フラガール」に出てくるセリフです。

フラガールは福島県いわき市にあるレジャー施設「スパリゾートハワイアンズ」の開業をめぐる実話を元にした映画です(2006年公開)。

そこで描かれている時代は1960年代。
石炭産業が斜陽化する中、炭鉱を運営していた常磐興産が大胆な業態転換としてレジャー施設を開業するというのが物語の背景です。

50年程前におきた石炭から石油のエネルギー転換。その中心にいた人たちがどのように時代の変化を受け止めて、対応したのか。
過去の人々の行動を参考に、現代におけるカーボンニュートラル社会への公正な移行(ジャストトランジション)へのヒントを探っていきましょう。

(カーボンニュートラルへの道、初回は下記です。投資家の目線から温室効果ガス排出量データの利用方法について書いています)


エネルギー転換のインパクト

福島県の沿岸部で石炭の採掘が大規模に行なわれ始めたのは明治初期の1870年代。
映画の時代設定である1960年代ですでに100年近く、石炭が掘られていたことになります。

常磐炭鉱は東京から最も近い炭鉱として活況を呈し、1952年には全国法人所得番付で7位を記録するほどの収益を上げる企業でした*。
しかし、1950年代後半に入ると国のエネルギー政策が石炭から石油へと転換され、石炭産業は全国的に苦境となり始めました。常磐炭鉱も例にもれず窮地に立たされることとなります。

フラガールの主人公、紀美子は炭鉱の区域内の長屋に住む女子高生。祖父の代から父も兄も、男家族はみんな炭鉱夫です。周囲の家族もみんな炭鉱従事者で、生活のほとんど全てを炭鉱が占めている状況です。

その炭鉱に訪れた経営危機。運営会社は新しい時代への対応を進めようとしますが、100年近くかけて作られたエコシステムですので、スムーズな移行とはいきません。
新規事業で雇用を吸収しようにも従業員からは反対の声が多く出ますし、余剰人員の全てを吸収できずに雇用整理が行われるという状況です。

紀美子と一緒にフラダンサーを目指していた幼なじみ早苗は、父親が雇用整理の対象となり夕張に引っ越していきます。
早苗の父は自分の持つスキルを活かせる場所として、炭鉱の仕事を求めて夕張に行ったのでしょう。そのため娘はダンサーになる夢が閉ざされます。
その後の歴史で、夕張炭鉱も閉山となり市が財政破綻となったことを知りながら画面を見ると切なくなります。
エネルギー転換という社会現象が、ミクロレベルで人々に与える影響を感じることができるシーンです。


働くことの意味

炭鉱夫が坑内の事故で亡くなることは多く、主人公の父親はすでに事故死している設定で、映画の中ではダンサー仲間の父親が事故死するシーンが出てきます。

それだけリスクの高い仕事ですが、働いている人たちはむしろそのことを誇りに思っています。
エネルギー革命が起きていることは理解しつつ、石油を輸入に頼る国のエネルギーセキュリティーを命がけで担っているという自負でしょう。
そのような環境において、仕事とは「暗い穴の中で歯を食いしばって死ぬか生きるかでやるもの」ということが常識です。

大人たちは時代の変化の必要を感じつつ、自分が変わることに抵抗します。
その中で、新しい時代を受け入れる象徴として描かれているのがダンサーを目指す紀美子たちの姿。
しかし、旧来型の価値観を持つ母親は、ダンサーを目指す我が子に理解を示せず、ダンスのことを「へらへら笑いながら男に媚びてケツを振る」と表現して痛烈に批判します。

一方で紀美子はダンスに夢を託します。
「プロになったら炭鉱で働くより稼げる、これからは女も堂々と働ける時代だ」と。

変化する時代をどう受け止めて、どのように対応するのか。
働き方に大きな変化が起きている現代にも通じるテーマであり、女性の社会進出についても考えさせられます。

ネタバレにならないように映画の話はここまでとしますので、この親子のその後の話は映画本編をご覧ください。


経営判断の重要性

ここで、現実の世界の話に戻りますが、そもそも炭鉱をハワイアンリゾートに転換しようという、奇抜な発想はどこから生まれたのでしょう。
これは1966年の開業時に常磐炭鉱副社長であった故中村豊氏(1967年に社長に就任)の発案です。

当初は炭鉱の延命のための多角化の一環として、石炭採掘の際に湧き出る温泉を活用した事業として始められましたが、後に炭鉱を完全に閉山したためレジャー施設が本業となりました。
新産業を生み出しできる限りの雇用を維持したという実績。事業モデル転換の過程で整理解雇も行っているので、手放しでの評価とまではいきませんが、経営手腕として十分評価に値すると言えます。

中村氏は事業転換に際して、企業の存続だけでなく地元との協調を重視しました。
「常磐ハワイアンセンター」の名でオープンした施設が想定以上の人気となって宿泊施設が足りなくなった際に、自社での増設をしばらく控えて地元の宿泊施設への顧客誘導を優先しました。
その結果、近隣の温泉街が施設を増強したことで地域としての宿泊キャパシティは10倍以上に拡大したそうです。
地域全体に心配りをしたことが、50年経った今でも地元住民から支持される存在であることの理由でしょう。

参考までに韓国でカンウォンランドという炭鉱の跡地をレジャー施設にした例があります。
カンウォンランドはカジノを軸とした施設としたために、ギャンブル中毒という新たな社会問題が発生してしまいました。
諸条件が違うので単純に比較はできませんが、温浴施設とダンスを軸としたレジャー施設を企画し、ダンサーの育成から社内で行ったという発想力と実行力が、その後の地域振興にポジティブに作用したことは間違いないでしょう。


ジャストトランジション(公正な移行)

さて、2021年の現在に目を移すと、政府のカーボンニュートラル宣言を受けて日本社会が一斉に脱炭素に動き出しました。

気候変動に関心を持つことは良いことです。ただし、そこへの移行が全てに優先されるようになるならば、そこに危うさを感じます。
カーボンニュートラル社会への移行を促進しつつ、その一方で不遇に会う人たちをどのようにサポートするか「ジャストトランジション(公正な移行)」という考え方が大切です。

温室効果ガス(GHG)の高排出企業が自ら率先して対応すべきなことはもちろんです。
ハワイアンセンターの開業当初は元炭鉱夫の人がホテルのフロントスタッフになったとのことで、新たなスキルを身に着ければ、人は新しい時代に対応していけます。

しかし、当事者だけの努力では限界があるため周囲のサポートが必要になります。
化石燃料系の産業で働いている人が別の産業に移ることを促進するためには公的なサポートが欠かせません。
それに加えて、民間レベルでも共助の精神でできることがあるでしょう。
例えばサービス業などGHG排出量が少ない企業が気候変動対策に貢献するアイデアとして、GHG高排出産業から人を受け入れて、社内で教育をして戦力化するということも一つの貢献方法ではないでしょうか。


まとめ

以上、映画「フラガール」を起点にカーボンニュートラル社会へのジャストトランジションについて考えてみました。
一人ひとりが自分にできることをひたむきにやっていくということが新しい時代に対応することに必要なことです。
その上で、エネルギー政策という大きな枠組みの議論が、影響を受ける一人ひとりにも配慮しながら進んでいくことを期待します。


*「『東北のハワイ』は、なぜV字回復したのか」より

※内容は個人の見解を元に書いているため、スパークス全体の見解とは異なることがありますのでご了承ください。

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スパークス・アセット・マネジメント(https://note.sparx.co.jp/)所属。サステナブル投資チーム、ファンドマネージャー。投資対象はESGを軸とした経営改善企業を中心とする。対話を通じてその活動をサポートすることでステークホルダー価値と経済価値の両立を目指す。