欧州投資家が注目するTCFDの移行リスクを考察〜ファンドマネージャーによるカーボンコストのインパクト分析〜
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欧州投資家が注目するTCFDの移行リスクを考察〜ファンドマネージャーによるカーボンコストのインパクト分析〜

世界的に広がるカーボンニュートラルの動き。
気候変動を緩和するために人々の足並みがそろってきたことは歓迎すべき動きです。

一方で気になるのは、その過程で起きる経済負担がどこにどの程度の影響を及ぼすか。

重要度の高まるTCFDのフレームワークで言うところの「移行リスク」に該当する部分であり、私も最近ヨーロッパの投資家から質問を受けることが増えました。

こちらの記事ではその懸念に応えるべく、温室効果ガス排出にかかるコスト、いわゆる「カーボンコスト」について見てみたいと思います。

温室効果ガス排出量が業種別にどの程度違うのか、それが将来コストにどのように影響するか、図表を使って順に解説を加えたいと思います。

図表1 ESGデータ一覧

まず、私が担当している運用戦略で活用しているESGデータのリストをお示しします。

(出所)スパークス・アセット・マネジメント

この中で、今回はS&Pグローバルから提供されている「Carbon emission」と「Unpriced carbon cost」の二つについて見ていきます。
S&Pグローバルは世界的な金融データの提供会社です。同社は2016年に買収した環境分野の有力データ提供会社「Trucost(トゥルーコスト)」を買収したことで、温室効果ガス排出量のデータにおいて主力企業の一社となりました。


図表2 温室効果ガスのデータソース

次に温室効果ガスデータの対象企業数とその出所についても見てみましょう。
S&Pグローバルの温室効果ガス排出量データには日本上場企業約2400社のデータが示されています。
データの出所は企業によって異なるのですが、大きく分類すると「企業の報告を基にしたデータ」と「推計値」の二つに色分けされます。
「企業の報告を基にしたデータ」は更に「企業開示」のデータから引用されるケースと、環境NGOである「CDP」が企業から報告を受けて集計したデータに分類されます。


(出所)S&Pグローバル、スパークス・アセット・マネジメント 
2021年7月31日現在

全企業のデータ(左の棒)を見ると、企業の報告を基にしたデータ(企業開示+CDP、青)は全体の約2割で残りの約8割はS&Pグローバルの推計値(緑)となっています。
一方、大型株100社(右の棒)で見ると逆に企業開示+CDPが約8割となっています。
ここからわかるのは、大企業の温室効果ガスデータの開示が進んでいる一方で、中小型株の開示はまだ進んでおらず、推計値が使われているため精度が低い可能性があるということです。


図表3 排出量の上位業種

温室効果ガスの排出量は業種によって大きく異なります。データから確認できる企業それぞれの排出量(Scope1~3合計)を集計したのが下の図です。分類基準は東京証券取引所が設定している33業種です。

(出所)S&Pグローバル、スパークス・アセット・マネジメント
2021年7月31日現在

ここで金融の観点から考えると、環境負荷が低い企業だけに投融資をする方針の場合、このリストの上位業種に投資する可能性は低くなります。一方でリストの上位業種は将来に向けて排出量を削減する余地が大きいので、「トランジション・ファイナンス」と呼ばれる、経済の枠組み移行(トランジション)を促進する目的の資金提供については機会が多いという見方ができます。


図表4 業種別排出量の内訳(Scope1、2、3)

参考までに、業種別排出量をもう少し細かく、Scope別で見てみましょう。
温室効果ガスはScope1、2、3に分類され、どれが多いかは業種により異なります(電気・ガスはScope1が多く、輸送用機器はScope3が多い、など)
※Scope1は自社の設備から、Scope2は電力使用から、Scope3は材料生産や製品使用などその他の活動全般からの排出を指す

Scope3は排出量計測の正確性が低いため、Scope1、2とは分けて見ることが一般的です。


(出所)S&Pグローバル、スパークス・アセット・マネジメント
2021年7月31日現在


図表5 一社当たりの排出量が多い業種

ここまでは業種単位で見てきましたが、株式投資の観点で言うと「企業単位」の排出量を把握することが重要になります。
そこで、次は一社当たりの排出量についても見てみましょう(データ提供の契約上、個別の企業名は記載できませんのでご了承ください)。

(出所)S&Pグローバル、スパークス・アセット・マネジメント
2021年7月31日現在

先程のリストで上位だった電気・ガス業や鉄鋼に加えて、社数が少ない石油・石炭製品、空運、海運などの業種がランキングの上位に位置していることが見て取れます。これらの業種に属する企業を調査・分析する際には特に注意深く排出量削減についての方針や環境関連コストを確認する必要があると言えるでしょう。


図表6 カーボンコスト上昇の業績インパクト

次に温室効果ガスが企業業績にどのように影響するか考えてみます。
その際に有益なのが「カーボンコスト」と呼ばれる、排出量に伴い企業が負担する金銭コストです。炭素税やカーボンクレジットなどがこれに含まれます。

世界中で気候変動抑制が進められる中、カーボンコストは将来的に上昇することが見込まれます。
S&Pグローバルでは独自のシナリオを持って、各企業のカーボンコスト上昇インパクトについて大きい順に上位、中位、低位の3つで推計しています。
下の表は2030年、40年、50年の時間軸で、上位シナリオでのカーボンコストの増加分を示しています(米ドルベースのデータを110円/ドルで円換算)。


(出所)S&Pグローバル、スパークス・アセット・マネジメント
2021年7月31日現在

これによると2030年には日本企業全体のカーボンコストは最大で14.5兆円増加することが見込まれます。対象企業の直近売上高合計792.5兆円(同、円換算)と比較すると、カーボンコスト上昇だけで利益率が1.8%低下するということを示唆しています。


図表7 カーボンコスト上昇インパクトが大きい業種

業種によって排出量の数値にバラツキがあるので、当然カーボンコストの上昇インパクトも業種によって様々です。
最もインパクトが大きい電気・ガス業においては2030年のカーボンコストをベースにすると、それだけで利益率を19%押し下げるという結果になっています。


(出所)S&Pグローバル、スパークス・アセット・マネジメント
2021年7月31日現在

業種や企業ごとにカーボンコスト上昇のインパクトの大きさを推測するということは、将来リスクの把握することにつながるのはもちろん、企業が行う排出量削減投資の費用対効果について、一定の基準を得ることにもつながります。


なお、こちらの分析結果を利用する際の注意点ですが、同一業種でも企業によって数値が大きく異なるため最終的には個別企業の数値を確認する必要がある点に留意ください。また、売上や排出量が変化しない前提であること、Scope1、2、3を区別せずに扱っていることなどから、予測の精度に限界があることをご理解ください。

ちなみに、我々の活動においては個別企業単位のデータを用いてこれらの分析を行い、投資判断の一参考情報に留めるという使い方をしています。


おわりに

以上、業種別の温室効果ガス排出量とカーボンコスト上昇インパクトについて解説しました。

お読みいただいたみなさまの気候変動対策の参考になることを願っています。


なお、こちらで示している図表は先日、S&Pグローバル主催のオンラインセミナー「ESGデータを活用した投資戦略とワークフロー」で講師を務めた際に示したデータを元としています。
セミナーの発言内容も併せてご覧いただくと、理解が深まると思いますので、ご興味ある方はこちらをご覧ください


https://pages.marketintelligence.spglobal.com/rs/565-BDO-100/images/MI-Other-Take-away_Report_CIO_Conference_Week1_Japanese.pdf


※内容は個人の見解を元に書いているため、スパークス全体の見解とは異なることがありますのでご了承ください。

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スパークス・アセット・マネジメント(https://note.sparx.co.jp/)所属。サステナブル投資チーム、ファンドマネージャー。投資対象はESGを軸とした経営改善企業を中心とする。対話を通じてその活動をサポートすることでステークホルダー価値と経済価値の両立を目指す。