見出し画像

無駄なところに点を打つ

僕らの「301」というチームが、コミュニティとして拡大してきたのは、単に会社としてできる技能「デザイン」以外の仕事も積極的にやってきた。というストーリーに拠るものだ。

301では単純に社内での飲み会や祝事を催す時でも、全力でこだわる。ビールは仲良い店に相談して、ワインはソムリエに聞いてみて、カクテルはバーテンダーの繋がりで、とまぁ万事こんな感じだ。企画会議にも2-3時間は平気でとる。
海外へ異動する友人への贈り物にオリジナルのボトルドカクテルを0から作ってみたり、周年イベントも飲み会は飽きたからブックストアにしてみたり、単なる夏休みの旅行体験のシェアも、皆が各都市を巡った経験から、都市のコードを探るイベントにしてみたり。側から見たらなにもそこまでやることはないだろ、その時間でクライアントワークせぇよ。と、無駄なことだと感じる人もいるかもしれない。だが、これこそが301という変なコミュニティのバリューだったりする。

この一見、無駄だと思われる行為は、実は「点を打つ」ということだ。
普段自分たちが得意としている領域の、ちょっと外のことを本気でやってみる。そのナレッジは、確実にいつもの仕事にも活きるし、その「点」は人を巻き込み、そのうちにコミュニティへと成長する。「無駄だ」と思って自分の得意な部分にしか手を伸ばさない人よりも、格段に成長スピードが早い。

ここで大事になるのは「点を打つ場所」だ。
実はこのあたりも強かで、僕らが「点を打つ」場所は、「いずれはビジョンがクロスするであろう」と推測できる分野だ。それには、自分たちの領域から離れすぎていてはいけない。遠すぎると、クロスするまでに時間がかかりすぎる。だが、近すぎても、コミュニティの拡大にはそれほど寄与しない。この点の場所の目利き自体は、経験と、それによって培われた予測でやるしかない。

前記事でちょろっと「ダイバーシティは目指さない」と書いたが、正確に言えば、「ダイバーシティ」と声高に叫ぶ多様性は嘘くさい。ということだった。いくら「自由だよ」「君を認めるよ」と言われても、誰かが人工的に作った自由がある場所なんて、本質的な自由があると思えないし、僕だったら願い下げだ。「君を認める」なんて人に言われなくても、僕は僕を認めている。

「多様性」なんて自ら求めなくても、打った点の数が多ければ、自ずと多種多様なひとが集まってくる。自分たちから来てもらうのが一番自然だし、圧倒的にやりやすい。自分たちの足で歩み寄ってきてくれる人には、多かれ少なかれ同じ価値観を共有できているからだ。領域横断的で多様な視点は必要な時代だが、それにはいろんな人を集めちゃえ、ではなく、ちゃんと心が通い合うことが前提だという極めてフツーのことなのだ。

この「点を打つ」という行為の裏にあるものは、実はコミュニティオリエンテッドというよりも、「価値観の連鎖を作る」ということなのである。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

嬉しいです!
12
301というチームと、代々木上原No. というお店と、フリーランスと。 作品→ https://instagram.com/yu_myzk

コメント1件

コメントありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです!
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。