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この国の病 -TOKYO 2020-

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皆2020年に期待しすぎていた。

僕がまだ広告制作会社にいた頃、オリンピックの東京招致が決定した。その瞬間から、僕らは2020という言葉を剥奪された。

一部の協賛企業を除いては、「オリンピック」という単語はおろか、「2020」「東京の夢 / 未来 / 希望」といったオリンピックを連想させる言葉は、広告において一切使ってはいけなくなったのだ。

過去のそんな取り決めをした人たちに、本当の東京2020の有様を教えてあげたら、どんな顔をするだろう。
赤くなったり、青くなったり、苦虫を噛み潰したりするだろうか。

希望に満ち満ちたはずの2020年は、それよりずっと以前のエンブレム問題から、どこか狂い始めていた。
新国立競技場問題、築地市場の移転、水質汚染、コンパクト五輪なんて売り文句とは対照的に、膨らむ予算。利権。問題、問題、問題。
マラソンなんてもはや東京でもなく、札幌で開催なんてことになったりして。

そして、コロナウイルスの発生。
こんな彼らに、そして僕らに食い止められるはずもなく、2020年中の開催も不可能という顚末になり、ついには「2020」という言葉すら空虚になった。

「TOKYO 2020」はどこへ行ってしまったのだろう? なんのためにあの時、僕らはそれを剥奪されたのだろうか?

しがみついていた言葉の利権やイメージも、所詮は値崩れするハリボテだった。言葉にすら価値を求めた結果、言葉は言葉に過ぎなかった。

この国は、コロナウイルス以前に大きな病に罹っていて。
皮肉にもオリンピックがそれを浮き彫りにしてしまった。1964年に日本の底力を見せつけたそれとは対照的に。

もう落ち切った。そう思う。
だからこそ今この2020年から、どうやって自分たちが這い上がるかを考えなければならない。それをもって、未来に「TOKYO 2020」を明るく語ることへの手みやげにしよう。

まずはこの国の病を治してから。

追伸
オリンピック、コロナウイルス、自粛、買い占め、世界的恐慌、ロックダウン、政治の腐敗、愚作。
日々巻き起こるあれこれに対する思いを、一度吐き出してグラフィックにしてみた。僕はグラフィックデザイナーだから。

追伸2
(フォントの「O」や「0」など、錯視のために文字のベースラインからちょっとだけはみ出させて調整する部分の用語は「オーバーシュート」というらしい。僕も今回初めて知った。野暮だが、ビジュアル上の文字列を飛び出させている理由はそこにかかっていたりする。)

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DESIGN LABEL 『MY HEAD』主宰。広告会社を経て、クリエイティブチーム「301」設立。同社CCOとして2020年まで6年間活動。WORKS⇨https://www.myhead.jp Instagram⇨https://instagram.com/y_myhead

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