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昆虫学系の好きな雑誌: 『Insect Science』 について

*本記事はあくまで個人の見解です。筆者の所属・研究室の意見を代表するものではありません。また, 特定の団体や個人を否定するものでもありません。ご留意ください。間違いなどがございましたら, 筆者までご連絡ください。それでは, …


将来的には昆虫学者を名乗りたいので, 昆虫学 entomology に関する学術誌も気が向いたら追っている。

今回は, 個人的に好きな雑誌, Insect Science』誌を紹介する (図1)。

図1.『Insect Scienece』Volume 30, Issue 6 の表紙

本誌は, 中国科学院 動物研究所 (Institute of Zoology, Chinese Academy of Science) が発行している。立ち位置としては, 昆虫学系の中堅国際誌といったイメージ。1994年から刊行されている。

出版元 Wiley 社の Insect Science 誌に関するページから以下引用。

About the Journal
Insect Science is an entomology journal publishing research. We publish research spanning the behavior, biogeography, ecology, genomics, molecular biology, physiology, biochemistry, sociobiology, phylogeny, exotic incursions and pest management of insects and other terrestrial arthropods. Our emphasis is on the adaptation and evolutionary biology of insects from the molecular to the ecosystem level.

とある。対象とする分野は多岐にわたり, 行動学, 生物地理, 生態学, 遺伝学, 分子生物学, 生理学, 生化学 など。日本昆虫学会の刊行する 『Entomological Science』や日本応用動物昆虫学会の『Applied Entomology and Zoology』も広範囲をカバーしているが, 最新の先進的な成果を積極的に載せている(著者がサブミットしている) イメージは, 『Insect Science』の方が強い。特に, 2020年くらいから, 雑誌そのものを育てようという中国勢の決心が伝わるような大規模データを扱った論文が増加したような気がしている。

自分の研究している分野以外の事情は把握していないが, 生化学の話だと, メタボロームやオミックス解析の大規模データは堅い仕事が多い印象がある。国内だと, こういう仕事は有名誌の姉妹紙やPNAS, ロイソのような雑誌に投稿されている気がしている。

以前, 『Insect Science』に関して日本人研究者と話した時のこと。
若手 (僕と同じ, 10代-20代前半の学生やポスドクの方) は本誌の存在をそもそも知らず, 認知されているのは, ポストについている中堅の教員という感じがした。それ以上の世代 (いわゆる教授くらい) にはあまり認知されていない。

個人的には, 『Insect Science』の, 国内の雑誌を育てていこうという姿勢がすごく好きだ。もちろん, 日本の学会が出版している英文誌のクオリティーも高いが, 編集委員の先生方と話していると, 「会員からの投稿数が少ない」「投稿数自体は増加したが, 国外からの粗雑なものが多い」といった声をよく耳にする。中国国内のアカデミア事情を知らないので, 迂闊なことも言えないが, 先述のような高い志を持って, かなりの労力を割き, 国際的な立ち位置を築こうとしているのだと傍から見ていても伝わってくる。昔から日本人研究者自身が指摘してきたが, 日本の研究者は, アカデミアにおいては, 権威主義的・欧米主義的であるといったニュアンスの話をしばしば耳にする。いち学生ごときが, こういうことを公に発現するのは違うかもしれないが, こういった傾向がなくならないと, 中国の昆虫学者たちのようなことは達成できないと思う。もちろん, 日本人研究者にそこまで考える時間的なゆとりがないのも事実だが… やはり, こういうマクロな視点で見られるような, 時間的ゆとりを確保する意味でも, 「選択と集中」というのは相性が悪いと思う(これ以上言ったら, 消されてしまうか…)。

少し, 愚痴っぽい話になってしまった。本題に戻す。
『Insect Science』の2021-2022年度 IF は, 3.605 (Academic Acceleratorより)
Editor-in-Chief は, Le Kang 博士 。
どこかで聞いたことがあるような … と思って調べてみると, トノサマバッタ( the migratory locust ) の防除に関する研究で世界的に著名な先生であった。

分子生物学、生理学、ゲノミクスなど複数の手法を用い, 環境変動に対する昆虫の適応という生態学的問題を解決することに成功。バッタの大群を引き起こすフェロモンとして 4-ビニルアニソール (4-vinylanisole; 4VA, 図2)を同定。昆虫の表現型可塑性の典型であるイナゴの相変化の分子制御機構とエピジェネティックな調節を明らかにした功績も大きい。(中国科学院より)

図2. トノサマバッタ Locustia migratoria の集合フェロモン 4-vinylanisole (4VA)

トノサマバッタ Locustia migratoria の集合フェロモン 4-vinylanisole (4VA) に関する和文の解説は, Nature Japan に詳しい。

動物行動学:トノサマバッタを敵の大群に変えるフェロモン

化学生態学を専攻している学生としては, この論文も掘り下げたいのでいつか紹介してみようと思う。

やはり, 雑誌の運営というのはトップダウン的な運営が必要なのだと感じる。カリスマ性というか, 研究者個人の熱意が直結している印象。日本の先生方と話していると, 学内の雑務(書類などなど)に追われ, そういう仕事をしたいと思っていてもできない現状があると聞く。雑誌運営はノルマに近い形になっているのが現状だとも, 飲みの席で度々聞く。こういう現状を聞くと, 寂しい。

正直, 『Insect Science』の事例は, 世界的に見ても, 稀な事例だと思う。
ただ, アジアのアカデミアが欧米主導ではない世界も作っていくこと自体, 大きな価値があると思っている。査読による嫌がらせ, 人種・民族差別的な排除 (もちろん目に見えない形で) 行われている話は, いやというほど耳に入ってくる。そういった対策としても, 地域レベルで雑誌が自立するというのは意義が大きいと思う。いち, 学生として, 崇高なる営みに敬意を示したい。

少し, 残念な話をすると, 雑誌の支持母体を聞くだけで, 「大した雑誌ではない」と考える中堅研究者がいるのも事実だ。僕も実際に聞いたことがある。自分も, その年齢になると, そういう思想になってしまうのかもしれないが, 教育者として, そのような発想はとても残念だと思う。学術と私情は分けられるように, 自戒としたい。

雑誌の紹介というより, 思想紹介のような感じになってしまった…
この記事を書きながら, 昆虫系の雑誌の一覧をまとめてみても楽しそうだなと思った。気が向いたら, 書いてみようと思う。

それでは。また。

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