テレビ東京最後の日
あらすじ〉
3月31日午後3時。鈴木健太は、出勤してきた。23時55分に生放送される天気予報に出演するためだ。健太は、テレビ東京最後の番組を担当するという大役を家族からも楽しみにされた上、閉局と同時にアナウンサーの職を辞することを決めていたため、この日にかける思いは強い。朝からテレビ東京の歴史を振り返る大型番組が放送され、テレビ東京の最後に花を添えようとするが、ゲスト出演した元重役の郡司が遅刻した上、止まらぬトークで特別番組は時間をおしてしまう。閉局を迎える24時ギリギリで天気予報は始まったが、すぐに24時を迎え番組は途中で終わってしまう。どこかテレビ東京らしい終わり方と和むスタッフを横目に不完全燃焼に終わった健太に対し、今では他局で相談役を務める郡司がウチに来ないかと声をかける。思いもよらない誘いに健太はある言葉を郡司に投げかける。
〈登場人物〉
鈴木健太(23)テレビ東京アナウンサー
工藤 (23)健太の同期
細川 (47)番組総合プロデューサー
遠藤 (38)番組ディレクター
沖田 (36)健太の先輩
戸村 (52)アナウンス部部長
古木 (44)テレビ東京社員
郡司則和(74)テレビ東京元取締役
○テレビ東京・廊下
壁の随所に番組の視聴率が書かれた貼り紙。
どの番組も1%前後。
鈴木健太(23)、その廊下を歩いている。
○同・アナウンス部(3月31日午後3時)
社員それぞれのデスクの上に段ボールが乗っている。
沖田(36)、隅のソファでただ一人菓子を食べながらテレビを見る。
画面には、テレビ東京の歴史を振り返る特別番組で、にドーハの悲劇の映像が流れている。
沖田「え、ドーハの悲劇ってテレ東だったの?視聴率48パー!?すげーな」
そこへ健太、出勤して来る。閑散としたオフィスを見回して、
健太「おはようございまーす」
沖田、ソファから顔を出し、
沖田「あ、おはよう」
健太「沖田さんだけですか?」
沖田「うん。だって、今日はもう朝から晩まで特番だからアナウンサーいらないぢゃん。私も荷物片付いたし、そろそろ第4部の打ち合わせ行ってくるかな」
健太「沖田さんこれからは…」
沖田「私?私結婚するの。だから、ある意味寿退社って、自分では割と前向きに捉えてるの。旦那さんがニューヨーク勤務でさ。来月からはニューヨーク市民よ。だから、今日の生放送が最後なの」
健太「そうだったんですか」
沖田「でも、鈴木出番12時前でしょ?それまで何してんの?」
健太「(苦笑い)何してますかね…」
沖田「でもさ。アンタも災難だよね。何でテレ東なんかに入ったの?」
健太「何でって言われても…テレ東が好きだったんで。そもそも僕テレ東しか受けてないですもん」
○ワールドビジネスサテライト(イメージ)
健太、キャスターの席から、
健太「全国各地で展開する大手コンビニエンスストア『エヴリィ』が24時間営業を中止することを発表しました」
健太N「こういう未来を描いていた」
○テレビ東京・会議室(回想・1年半前)
健太(21)、採用面接を受けている。
面接官「弊社しかアナウンサー試験を受けてらっしゃらないと伺いましたが、鈴木さんが思う弊社の魅力とは何でしょうか?」
健太「はい。それは『らしさ』を最も大切にしている所です。そして、その『らしさ』を十分に発揮することで、人、企業、地域の魅力を多くに人に発信することが御社であれば出来ると考えています」
面接官「では、あなたは弊社でどのようなアナウンサーになりたいですか?」
健太「はい。視聴者から信頼され、将来的にはワールドビジネスサテライトを担当し、社会と視聴者を繋ぐ架け橋になりたいと考えております」
○同・同(回想・1年前)
健太、研修で発声練習をしている。
健太(声)「それが夢で終わってしまったのは初鳴きを3日後に控えた日の朝だった」
○電車の中(回想・半年前)
出勤中の健太、スマホでネットニュースを見ている。
画面に『テレビ東京来年3月31日閉局 来年度以降ネット専門チャンネ
ルへ完全移行』の見出し。
健太「!」
○テレビ東京・アナウンス部(回想・1月)
健太、部長席に座る戸村(52)の前に立つ。
戸村、「3月31日23時55分。ウチの最後の番組である天気予報が放送される。担当は鈴木。お前だ」
健太「え…僕でいいんですか?」
戸村「気にしなくていい。むしろこれからっていう時にこんなことになって申し訳ないと思ってる。こうなることがわかっていれば、お前にも他に選択肢だってあったはずだからな。でも、お前は俺たちの最後の希望だ。これからの放送業界の為にもお前が締めて次につないでくれ。頼んだぞ」
健太「はい!」
回想終わり。
○同(午後4時)
健太、腕時計を見て、
健太「まだ4時…」
健太のスマホが鳴る。
健太、届いたメールを開く。差出人は、母親。
『最終日ですね。最後の天気予報を担当すると聞いて、誇らしく思いま
す。頑張ってね。』。
健太、『ありがとう。頑張ります。』と、返信。
スマホをしまって、アナウンス部を出て行く。
○同・報道局
健太、「お疲れさまです」と、恐る恐る入っていく。
その場にいた古木(44)が声をかけ、
古木「君は…」
健太「アナウンス部の鈴木です」
古木「あぁ…最後の天気予報の子ね」
健太「はい。あの…打ち合わせとかって何時くらいなんですかね」
古木「打ち合わせ?ない、ない。そんなの」
健太「え?」
古木「たかが5分の番組で打ち合わせなんかに時間作ってられないよ。もう原稿出来てるから、適当に練習しといて。天気は何があるかわからないから、原稿が急に変わった時は柔軟に対応して。はい」
机の上に置かれた原稿を渡す。
○同・アナウンス部
健太、部屋で一人立って原稿を読む練習をしている。
健太「時刻は11時55分となりました。明日の天気をお知らせします」
○同・廊下(午後6時)
細川(47)と遠藤(38)、話し込んでいる。
細川「何?まだ来てないの?」
遠藤「はい…」
細川「どうするんだよ…このまま来なかったら。それにしてもよくあんな人キャスティングするよな」
遠藤「そこは、社長が絶対と言ってまして」
細川「絶対って言っても今ぢゃ金に目がくらんで他局で相談役やって裏切り者扱いされてる人だぞ?社長も人がいいんだか悪いんだか」
工藤(23)が走ってやって来て、
工藤「来られます!郡司則和さんもうすぐ到着します!」
○同・駐車場
一台の黒いセダン車がやって来る。
○同・玄関
郡司則和(74)、杖をついて2人の付き人を連れて局に入って来る。
細川と遠藤、出迎える。
細川「どうも郡司さん。ようこそいらっしゃいました。私、番組総合プロデューサーの細川と申します」
遠藤「ディレクターの遠藤です。この度は、弊社の最後の特別番組にご出演していただき、誠にありがとうございます」
郡司「よろしく」
細川「どうぞこちらへ」
郡司、細川と遠藤の後ろを歩いていく。
○同・社員食堂
健太と工藤、食事をとっている。
健太「3分延長?」
工藤「うん。郡司則和さん今来た所だからさ」
健太「親に言っちゃったよ。55分からだって。どうするんだよ」
工藤「まぁ、3分だしさ。天気予報なら内容にそんな影響出ないだろ?それに新卒ぢゃ意見も言えないよ。お前もそうだろ?だから、我慢してくれよ」
健太「そうかもしれないけどさ…。そういえばお前制作会社に行くって聞いたんだけど」
工藤「そうだよ」
健太「ネット局の方に行けなかったの?」
工藤「ADは足りてるんだと。だから、紹介された制作会社入ってまたイチから出直し。制作会社だから待遇あんまよくないと思うけど、とにかくテレビが好きだからさ。まだしがみついていたいんだよね。この業界に」
健太「そっか。俺はそんな風には思えなかったな」
工藤「辞めるんだっけ…。アナウンサー」
健太「俺も結構悩んだんだよ。新卒なのにこんな最後に起用してもらった し。でも、俺は、とにかく昔からテレビっていうよりもテレ東が好きだったからさ。他で続けようとは思えなかったんだよ。だから、今日の天気予報が最後」
工藤「そっか…あ!郡司則和呼びに行かなきゃ。ぢゃあ、俺行くわ。頑張れよ」
健太「ありがとう」
健太と工藤、握手をする。
○同・郡司の楽屋(午後7時)
郡司、目を閉じて座っている。
付き人、直立している。
ノックの音。
付き人A、ドアを開けると、そこに工藤。
工藤「郡司さん。お時間です。スタンバイお願いします」
郡司「ちょっと待て」
工藤「はい?」
郡司「まだ瞑想の途中だろうが」
工藤「(唖然)えぇ…」
○同・Aスタジオ(30分後)
工藤、郡司を連れてやって来る。
工藤「郡司則和さん入られまーす」
細川、工藤に冷たい視線を送っている。
工藤、視線に気づいて細川のもとへ。
細川、丸めた台本で工藤の頭を叩く。
細川「バカ。お前何分かかってんだよ」
工藤「すみません。時間通りに呼びに行ったんですけど、瞑想をされてまして」
細川「瞑想?何だよそれ。あの人の名場面のVTRだけで15分あるんだぞ。時間ねぇんだよ」
工藤「すみません」
○特別番組
特別番組に郡司が出演している。MCは、沖田。
沖田「スタジオには、テレビ東京元取締役で、1993年のあのドーハの悲劇の実況を担当されていた郡司則和さんにお越しいただきました。よろしくお願いします」
郡司「よろしくどうぞ」
○同・報道局
古木、健太に原稿を渡す。
古木「はい」
多くの斜線で訂正された原稿。
健太「え?こんなに削られるんですか?」
古木「特番が盛り上がってるみたいでさ。延長になっちゃって。だから、これで頼むよ」
健太「ぢゃあ、何分スタートなんですか?」
古木「23時59分」
健太「59分?1分だけ…」
古木「まぁ、放送時間自体は20秒だけどね」
健太「20秒!?そんな…」
古木「まぁ、俺は明日の天気なんてそれくらいがスッキリしててちょうどいいと思うんだけどね。まぁ、本番までゆっくりしててよ。ぢゃ、よろしくね」
古木、その場から去っていく。
健太、室内のモニターに映る郡司を睨みつける。
○同・Aスタジオ
郡司、饒舌に話している。
郡司「そりゃあ、もうこっちはワールドカップだ!って思って最後の何分間はやってますからね。身も乗り出しますよ。そしたらロスタイムにあれでしょ?そこからの記憶って正直言ってあまりなくてね。たぶん解説のセルジオ越後さんもそうだったと思うな。でもね、あれが僕の反骨心を培ったんですね。この悔しさを今後のテレビ東京での仕事にぶつけてやろうと。そして私が取締役になった年、日本がワールドカップに初出場したんですな。ハッハッハ!」
沖田「なるほど。そういうことだったんですね」
沖田、助けを求めるように前にいるスタッフたちを見る。
細川、腕時計を見る。
○同・報道局
健太、古木に対し、
健太「え、あのスタジオでですか?」
○同・Bスタジオ
健太が天気予報に使うはずだったスタジオ。
工藤らスタッフによって天気図のセットが片づけられていく。
工藤、床に置かれたセットの一部を蹴り飛ばす。
古木(声)「時間ないから、番組終わったらCM入らないで、そのまま放送しよう。だからスタジオの脇でスタンバイしてて」
○同・報道局
健太、納得しない感じで、
健太「わかりました…」
○同・Aスタジオ
時計は23時57分を指している。
郡司、時間を気にせずに話し続ける。
郡司「この歳だけどね。まだテレビの世界でやり残したことがあるんだよね。それを果たさない限り死ねないね」
健太、スタジオの脇で立っている。
沖田の視線の先に『締めて!!!!』のカンペ。
沖田、郡司の言葉に被せるように、
沖田「ありがとうございます。最後になりますが、テレビ東京は本日を持ちまして閉局となります。私たちは、テレビ東京らしいメディアを発信することで皆さまの生活の一部に寄り添うことが出来たでしょうか?明日、4月1日からテレビ東京はネットメディアへ完全移行いたします。ですが、テレビ東京らしさをもちながら、新たな世界でも皆さまと社会をつなぐ架け橋になることを追い求めていくことに変わりはありません。視聴者の皆さま本当にありがとうございました。最後にお天気です。鈴木さん?
カメラが沖田から健太に切り替わる。
○天気予報
健太「時刻は11時59分となりました。明日の天気予報をお伝えします。明日は、今日と打って変わり、全国各地で晴れ間が見え過ごしやすい1日となるでしょう。特に埼玉では」
真っ暗な画面に切り替わる。
○テレビ東京・調整室
スタッフたち、画面を見て唖然。
細川「埼玉が?埼玉が?」
遠藤「終わっちゃったよ…こんな終わり方ある?」
スタッフたち、笑い始める。
○同・Aスタジオ
健太「え…時間切れ?」
細川「4月1日になっちゃった」
健太「そんな…」
脇で工藤が郡司に胸ぐらをつかんで怒鳴っている。
工藤「ふざけるな!」
細川、遠藤らスタッフが一斉に工藤の方を見る。
工藤「今日でみんなテレビから離れるんだよ。それをあんたのせいで全て台無しだ!」
細川「おい、やめろ!」
細川らスタッフが工藤を止めに入る。
健太、その様子を呆然と見ている。
× ×(少々時間経過)
健太「すみませんでした。こんな終わり方で」
細川「いいの。いいの。本来であれば、2分はあったのを20秒に凝縮させちゃったこっちが悪い」
遠藤「でも、テレビ東京らしいんぢゃないですか?なんとなく」
細川「かもな」
健太「そうかもしれないですね」
細川「まぁ、どの道に進むにしても反省すべき所はして次につなげよう。お疲れ様」
遠藤「お疲れさん。頑張れよ。これからも」
健太「はい!お疲れ様でした!」
そこへ郡司がやって来る。
細川「郡司さん。先ほどは大変失礼しました」
遠藤「申し訳ありませんでした。我々の方からも厳しく指導しておきます」
郡司「いや、いいんだ。それにしても今の若い子には珍しく熱い子がいるんだね。ああいうのは教えて身につくものぢゃない。ああいう子は大事にしなさいよ?」
細川と遠藤、一度顔を見合って、
細川「ありがとうございます…」
郡司「そして君。申し訳なかったね」
健太「え?」
郡司「せっかく任された大役に泥を塗ってしまった」
細川「そんなことないですよ!なぁ、鈴木くん」
健太「はい」
郡司「君、この後は?」
健太「一応テレビの世界からは離れようかと」
郡司「アナウンサー辞めるのか?」
健太「やりたい気持ちもあるんですけど、こういう状況なんでしょうがないかなって」
郡司「よかったらウチの局に来ないか?今日の埋め合わせをさせてくれ」
健太「…」
郡司「どうだい?考えてくれるか?」
健太「すみません。それは出来ません」
郡司「どうして。アナウンサーに未練があるんぢゃないのか?」
健太「ありますが、お断りさせていただきます。僕はテレビ東京が好きなんで!」
〈完〉
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