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ペットという言葉

私はペットという言葉に違和感を感じるタイプの人間です。
「命」「魂」として人も動物も見てしまうから、かもしれません。
動物と過ごしていたり、外国人と接したことのある人は、よっぽどそこらの攻撃的な日本人(特に老人)より、聡明だと感じる。。そんな経験ありませんか?

私は子供の頃から常に動物が周りにはいた。
田舎だったので、当時は野良犬もたくさんいて、よく迷い犬が隣の祖父の家に入ってきていた。

祖父は「いい犬」つまり番犬となる犬の判別が上手く、そのまま居付かせた犬もたくさんいた。だから日中は常に最低3、4匹は繋がれていた。

その当時の田舎は、「夜は放し飼い」としていたものである。自由に用を足してこい、という事で、誰も咎めなかったし、犬も自由だった。
どこの家庭もそんな感じでだったので文句の言いようも言われようもない。

それでも犬は忠実で、守るべき主人の家からそう遠く離れることもなく、常に番犬として意識を忘れず、家の周りを遊びまわり、朝には必ず自分の定位置に戻ってきていた。

人と犬の絆である。

賢い犬はやたらと噛むこともしないし無駄に吠えもしない。常に視野を広く持ち、冷静に判断が下せる。そして自分の死が近づくと姿をくらます。

現代のようにペット葬式だのペット墓だのは当然ありません。
家で死んだのなら、近くの山や家の敷地に埋めることが当たり前だった。
犬だって猫だって、自分と合わないようならまた別のところに行く。そんな時代でした。
だから入れ替わり立ち代りの自由さがあって、わざわざ探すことも祖父はしなかった。
「好かんと思ったっちゃろ」という適度な距離を保っていた。
皆、うまい具合に共存し、コミュニケーションがとれていた感じがします。

雨に濡れた犬なんか強烈に臭いのだけど、私はその匂いが嫌いではない。
犬はいつも守ってくれた。
一人でいる事が多かった私は、犬と一緒にいるときが一番ほっとしていたと記憶する。

自分の家にもたくさんの動物がいました。ツバメは毎年やってきていたし、十姉妹、インコ、王蟲、猪、カラス、鶏、犬、うさぎ、猫。
それぞれ、人間と同じで、意思が通じる命と通じない命があることを学ばせて頂いた。

動物と暮らしている人は決まって、「喋ってるよね〜人間よりよっぽど信用できる」と言う。
伝えようとするし、こちらの言葉は理解してる。
ただの犬語、猫語。
私は日本語しか喋れないから、中国語、英語、スペイン語・・などと同じことなんだな。

命、魂、その単位で見れば何ら境界はない。

だから、ペットという言葉は違和感を感じるのだ。私にとっては愛玩道具ではないから。

同じ空間に、同じ時代に生きている仲間だと私は思うから。

#動物 #共存 #命 #エッセイ

ありがとうございます。(*´∀`*)
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何も肩書きのない平凡な40代です。趣味は筋トレ。福岡県民。山の中に住みたいと計画中。よろしくお願いします。instagram→ https://www.instagram.com/445yossy/ サークル「大人の学び舎」入隊中

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コメント (2)
とてもとても共感しました。私もペット、愛玩動物という言葉に違和感を感じます。人も動物も常に自由であって欲しいと願っています。犬語、猫語のくだりも、その通りだと思います。
はじめまして😆ゆうきりんりんさん。

わー!すごくうれしいです!!コメントありがとうございます💕
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