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38年生きてきて一番死にかけた瞬間の話

やんじぇ

38歳になった。
38年生きてきて何度か死にかけたことがある。その中でも一番死に近づいた瞬間の話でもしようか。

幼少期は自他共に認める運動神経抜群少年であったと言っておこう。リレーはアンカー、学校のマラソン大会は3年間1位。駅伝は区間記録大幅更新。バスケは県選抜。何やっても人並み以上にこなす自信はあった。1つを覗いて。

カナヅチやった。泳ぎだけはてんでダメ。
力を抜けば浮くというけど力を抜いたら沈んでいく気しかしない。

かつての時代、小学校では25m泳ぐまで補習という謎のルールがあった。屈辱を感じながら、持ち前の心肺機能をフル活用して息継ぎ無視で25m泳ぎ切ったのが人生のスイムのハイライト。

14歳くらいの頃やったかな。
悪ガキ盛りで悪友とつるんで川遊びに行った。水泳の授業があったのは小学生まで。中学時代も運動得意で馴らしてたこともあって、泳げないとはクチが避けてもかっこ悪くて言えんちっぽけなプライドが下地にあったと思う。

山陰線保津峡駅。
無人駅のホームから見下ろすと30m程下に保津川が流れている。その対岸は岸壁で片側1車線の道のガードレールが更に高度をあげて連なっていく。

その岸壁7、8mくらいの高さから川へ飛び込む遊び。

保津川下りが有名でラフティングなんかも盛んにやってる急流ポイントのなかで、唯一深く沈み込んで流れが緩やかになってるポイント。悪友達は飛び込んでそのまま対岸に泳いでいく。

かっこ悪いとこは見せられん。
対岸なんてほんの10mくらい先。
心決めて飛び込んで浮上した瞬間理解する。
こらあかん対岸まで辿り着けん。

とりあえず呼吸をしようと犬掻きしてみるも沈む一方でパニックになる。

もがけばもがくほど沈んでいく。
あーこりゃ死んだな。と悟ることができたってことは死の瞬間のスローモーションってのはあながち間違いでもないかも知らん。

沈む体と薄れゆく意識のなかで死を悟って受け入れて諦めたとこまでは覚えてる。

まあ死ぬよな。よくある水難事故。
でも生きてた。

スイミングスクールに通ってた泳ぎの得意なやつが異変に気づいて助けてくれた。
溺れてる時に救助すると共倒れになるからと、しっかり意識がなくなって沈むのを確認してから潜って引き上げて、背中を押しながら対岸まで押しやってくれたというファインプレー。

流れがちょっとでもあると流されてて死んでた。たまたま来てた泳ぎの得意な悪友が居なかったら死んでた。そいつ以外が救助に来てたら最悪2人死んでた。

溺れて水吐いて意識戻った時の感想。
頭がグワングワン揺れて酷い頭痛で全身極度の筋肉痛みたいになって体に力が入らんくなってた。

命拾いした。
この言葉に尽きる。
ただ運がよかってなんかしらんけど残機+1された。ただそれだけ。

不慮の事故でしぬやつとそうじゃないやつの差なんてそんなもんやと思う。

ありがちな話やけど、1度失った命。
それからはそう考えるようになってた。

改造した原チャリで85km出してて小石踏んで滑りながら側溝にダイブしたり、夜の海のテトラポットの隙間に落ちたりと死にかけたことは何度かあるけど、間違いなく死に一番近づいた瞬間はその時やったと思う。

若い頃は無茶しがちやけど、1度拾った命ある身として声を大にして言いたい。

〝いのちをだいじに〟

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