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スキーマを広げる(11):プラセボ(プラシーボ)

プラセボ(プラシーボ)とは

▼プラセボ(プラシーボ:placebo)とは,本物の薬と見た目がそっくりではあるものの,治療効果のある有効成分が含まれていない「偽薬」のことで,医薬品開発の臨床試験で用いられています。

▼この「プラセボ(プラシーボ)」ということばは,大学入試,とりわけ医学部や薬学部の入試で時々出題されています。プラセボ(プラシーボ)そのものを主題とする英文の場合もあれば,文中に脇役として登場することもあります。大学によって placebo に注をつけるところもありますが,多くは注釈なしで,後に説明がついたかたちで出題されています。そのため,この言葉について予め知識がなくとも読むことは可能ですが,少しでもつまずく要素を減らしたければ,特に医歯薬系の大学を受験する人は覚えておいた方が良い単語ではあります。

▼近年,placebo を扱った英文が出題された例をいくつか引用しておきます。ex-1は睡眠が健康に与える影響について書かれた英文で,placebo そのものについて論じたわけではありません。また,後に続く "It looked and tasted the same, but had no extra nutrition" という説明から,placebo drink が何を指しているのかわかるようになっています。

ex-1) One group of 16 volunteers got a normal amount of sleep ― seven to nine hours a night. The other two groups of 20 people each were kept sleep-deprived. They got only two hours of sleep a night, for three nights in a row. To stay awake, the volunteers were asked to do things such as walk, play video games, watch TV, sit on an exercise ball or play ping-pong. Throughout the experiment, one of the sleep-deprived groups got a nutritional drink with extra protein and vitamins. The other group got a placebo drink: It looked and tasted the same, but had no extra nutrition.
(16名の被験者から成る1つのグループは普通の量の睡眠,つまり一晩で7時間から9時間の睡眠をとった。それぞれ20名の人々から成る別の2つのグループは睡眠を奪われた状態にされた。彼らは三晩続けて一晩で2時間しか寝られなかった。目覚めておくために,被験者たちは歩いたり,テレビゲームをしたり,テレビを見たり,エクササイズボールに座ったり,卓球をしたりするといったことをするよう求められた。実験の間中,睡眠を奪われたグループの1つは余分なタンパク質とビタミンの入った栄養ドリンクを飲んだ。もう一方の(睡眠を奪われた)グループは,プラセボドリンクを飲んだ。つまり,それは見た目も味も同じだが,余分な栄養が含まれていなかったのだ。)
(2019年度北里大学理学部[2月2日実施]第1問・2020年度獨協医科大学医学部第2問 太字引用者)

▼ex-1の出典は以下の英文です。

▼ex-2とex-3はプラセボが主題の英文です。

ex-2) Drug companies have been looking for a magic pill, and along the way, they've made a funny discovery. In studies, researchers testing new diet drugs always have a placebo group. Some patients get the test drug, while others get pills called placebos, without any active ingredients. Because the placebos look exactly like the real pills, no one, not even the doctors, knows which patients are getting the drug candidate.
(2018年度福岡大学[2月3日])
(出典:Terry Burnham and Jay Phelan, Mean Genes: From Sex To Money To Food: Taming Our Primal Instincts, Hachette UK, 2012)
(製薬会社はこれまでずっと魔法の薬を探し続けてきたが,その途中で面白い発見をした。いくつかの研究で,新しいダイエット薬を試している研究者たちは,常にプラセボグループを使っている。一部の患者はその試験段階の薬を摂取し,別の一部の患者は,活性成分を全く含まないプラセボと呼ばれる薬を摂取する。プラセボは本物の薬に瓜二つだが,誰も,医師でさえも,どの患者が新薬の候補となる薬を飲んでいるのかわからないのだ。)
ex-3) A placebo is a substance or other kind of treatment that looks just like a regular treatment or medicine, but is not. It's actually a "fake" treatment or medicine. Typically, the person getting a placebo doesn't know for sure that it isn't real. Sometimes the placebo is in the form of a "sugar pill," but a placebo can also be an injection, a liquid, or even a procedure. It's designed to seem real, but doesn't directly affect the illness.
(2018年度福井県立大学前期日程第1問)
(プラセボとは,通常の治療や薬と全く同じように見えるがそうではない物質や別の種の治療のことである。それは実際,「偽の」治療あるいは薬である。通常,プラセボを摂取している人はそれが本物ではないということを確実にはわかっていない。時にプラセボは「砂糖の錠剤」のかたちをしているが,注射,液体,あるいは処置のことでもある。それは本物に見えるように作られているが,病気には直接効き目はない。)

▼ex-3の出典は以下の英文です。

プラセボ効果

▼このように,プラセボ(プラシーボ)は,新薬の開発や新たな治療法の確立には欠かせないものではありますが,時に,「プラセボ効果(placebo effect)」と呼ばれる困った現象を引き起こすこともあります。ex-4はそのプラセボ効果について書かれた英文です。

ex-4) The placebo effect remains one of the most baffling mysteries in medicine. The idea that a useless sugar pill or harmless saline injection could result in a measurable improvement in a patient's symptoms, sometimes as good as taking an active drug, has been so hard to explain that some have even doubted whether it can be real.
(2018年度順天堂大学医学部[1月18日]第2問)
(プラセボ効果は医学の中で最も不可解な謎の一つであり続けている。役に立たない砂糖の錠剤や無害の生理食塩水の注射が,時には活性薬物を摂取するのと同じくらい効き目があるほど患者の症状の大きな改善につながりうるという考えは,非常に説明しがたく,中にはそれが本物の可能性があるのではないかと疑ってしまう人さえいたほどだ。)

▼ex-4の出典は以下の英文です。

▼プラセボ効果とは,偽薬を投与されているにもかかわらず,患者の症状が改善したり副作用が生じたりする現象のことで,暗示や自然治癒力が背景にあると考えられていますが,原因ははっきりしていません。

▼新薬の開発においては,プラセボ効果を差し引いて効き目を考える必要があります。また,プラセボ効果を防ぐために,誰に偽薬を投与したのか患者にも医師にも知らせずに治験を行う「二重盲検法(double blind test: DBT)」という方法がとられています。

偽薬が役に立つ?

▼ところで,先日,偽薬を使った「発想の転換」とも呼ぶべき商品があることを知りました。

 全く効果のない薬が話題だ。かつて製薬会社で働いていた水口直樹氏が開発した偽薬『プラセプラス』。有効成分は入っておらず、医薬品ではなく薬の形をした食品である。認知症で1日に何度も薬を飲んでしまう人や、薬の飲みすぎを抑えたい人など、介護を始め様々な場面で重宝され、1ヵ月に300個ほど売れている。効果があると思い込むことで、症状が改善する“プラシーボ効果”も期待されており、数々のメディアで紹介された11月には品薄状態に。

▼プラセボ効果を逆手に取り,薬の飲みすぎを防いだり,薬を飲まないと精神的に不安定になる人のために作られた「薬もどき」の錠剤というわけです。

【水口さん】そういうわけではなくて、『プラセプラス』は効かないことに価値があるんです。買ってくださる方に効果があったと言っていただくことはあるのですが、本来は薬の飲みすぎや効きすぎを、効かないもので抑えることが狙いです。だから、“プラシーボ効果があるから買ってください”という打ち出し方はしていません。

▼また,暗示効果によって酔い止めなどにも使われるとのことです。

【水口さん】病院や介護施設などで、介護用途で使っていただいている印象はあります。あとは、お子さんの酔い止めや、習い事の発表会で緊張しないように使われている方もいて、様々な使われ方があるなと思いました。それから、自分で飲むために買う方もいらっしゃいます。オーバードーズと言われる薬の過剰摂取をしてしまう方や薬依存に悩む方は、辞めようと思っても辞められないケースもあります。であれば害のない物を飲もうと、選んでいただいている方もいるようです。

▼「毒にも薬にもならない」はずのものが,薬のような働きを引き出すというのはとても興味深いことです。「鰯の頭も信心から」という諺がありますが,「プラセボ効果も信心から」ということですね。( ̄▽ ̄;)

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