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『大学入学共通テスト スマート対策 英語』の監修・執筆に込めた思い

大学入学共通テスト,当初の予定通り実施か?

▼2021年度から行われる大学入学共通テストが,当初予定されていた日程で行われるように準備が進められているという報道がありました。

▼本来は2年前に全てのことが決まっていなければならなかったにもかかわらず(大学入学センター試験ではそうしたルールがありました),民間英語検定試験導入や記述式問題導入をめぐる騒動(結局,どちらも現段階では初年度においては撤回されましたが),出題委員が問題集を出していた利益相反疑惑(そのために委員を選びなおし,問題を作り直す必要性がが出てきたわけです)など数々の問題点を含んでおり,受験生の皆さんからすれば(勿論,私たち予備校・塾講師も,学校の先生方も,親御さんもですが)「大人の都合」にいいように振り回されたことになります。

そもそも,改革そのものが不要だったとも考えられるわけで,なぜ無理矢理導入したのかということについてはしっかりとした検証が必要です。また,これだけの混乱を招いたにもかかわらず,この件に関しては政治家も官僚も誰一人その責任をとっていないということ自体が,大学入試,さらには日本の教育全体が政治の中で軽視されていることのあらわれなのだろう,と思うのです。

▼そこに来て,このコロナウイルス禍です。ただでさえ新しい入試制度に不安なのに,それに加えて唐突に学校が休校になり,本来受けられるはずの授業が2か月間も受けられないという異常事態が生じ,今年の受験生(特に現役生)はある意味,大きなハンディキャップを負わされたと言っても過言ではないでしょう。本来はその2か月間のハンデを制度的にフォローすべきなのに,当初予定されていた日程のまま実施すると発表されたわけですから,受験生の皆さんがこの件について憤りを感じることは何ら不自然なことではありません(その怒りの矛先は,こうした理不尽な状況を生み出した大人たちに対して向けるべきですが,受験生の皆さんが大人になった時には,皆さんの後輩が皆さんと同じような理不尽な目に遭わないような社会の仕組みを作ることに尽力してほしいと願っています)。

『スマート対策』監修に込めた思い

▼私は2019年5月31日に教学社から上梓された『大学入学共通テスト スマート対策』シリーズで,英語のリーディングとリスニングの監修・執筆(一部)を担当しました。

▼2018年の夏にこのお話を頂戴し,8月末に打ち合わせをして全体の方針を定め,9月に執筆を開始し,12月には初校を提出するという非常にタイトなスケジュールでしたが,「一刻も早く共通テスト対策の概略がわかる問題集を世に出して,少しでも早いうちから高校生に備えてほしい」という意図が最優先でしたから,それに応えるべく授業の合間を縫って原稿を作成しました。また,私のような無名の人間を抜擢してくださったことがとても嬉しく,編集者の方々のご期待に応えるべく少しでも良いものを作りたい,受験生のためになるものを作りたい,という思いは当然ありましたが,それだけでなく,共通テストに対する自分なりの意見表明にもなるのではないか,という思いもありました。

▼この件についてご存じない方もおられると思いますので,簡単に概略を説明します。1990年度から始まった大学入試センター試験が2020年1月の試験を最後に廃止され,2021年1月からは「大学入学共通テスト」というテストが導入されることになりましたが,当初,英語では大学入試センターが独自に作る問題を廃止し,その代わりに民間の英語検定試験を導入するという計画が立てられていました。

▼しかし,いきなり民間検定試験を全面的に導入するのでは混乱が生じるため,移行措置として「3年間限定」で大学入試センターが作成する「英語(リーディング)」と「英語(リスニング)」が並行して行われることになったのです。上述した『スマート対策問題集』は,その3年間限定の試験のための対策問題集です。ところが,この民間英語検定試験の導入に関しては様々な問題があり,結局,2019年12月に「当面,民間検定試験は導入しない」と方針を転換したわけです。

▼問題集を作成するといっても,当然ながらまだ実施されていない試験である以上,「過去問題」は存在しません。モデルとなったのは2018年2月と11月に行われた「共通テスト試行試験」です。これは大学入試センターが全国の一部の高校を対象に行った試行調査用のテストで,以下のような大きな特徴がありました。

①「学力の3要素(知識・技能/思考力・判断力・表現力/主体性・多様性・協働性)」のうち,「思考力・判断力・表現力」を問うことに重きを置く(ただし,マークシート式なので「表現力」を直接問うことはできない)。そのため「リーディング」では,センター試験[英語筆記]で問われていた発音・アクセント問題や文法の短文空所補充問題,語句整序作文などが全て姿を消し,全て長文読解問題になった(文法や語彙の知識は「高校生のための学びの基礎診断テスト」という別の試験で問われる予定になっていたためであると考えられる)。
②「リスニング」では,センター試験では全ての問題を2回ずつ読み上げていたが,共通テストでは前半の問題は2回読み上げ,後半の問題は1回しか読まれないという仕様になった。
③センター試験では〈筆記:リスニング=200点:50点=4:1〉だったが,共通テストでは〈リーディング:リスニング=100点:100点=1:1〉となり,リスニング問題の比重が高くなった。

▼問題集執筆を開始したのは2018年9月なので,その時点ではまだ2月に行われた第1回目の試行試験のデータしか存在していませんでした(2018年11月の試行試験のデータも入れることは最初から決まってはいましたが)。ただ,2月の試行試験のデータを見た時に感じたのは「ああ,これはセンター試験の延長線にある試験だ」という印象でした。

▼たしかに,「筆記」については,文法・語法・語彙を直接問う問題は姿を消し,読解問題だけにはなりましたが,その読解問題の大半はセンター試験でも問われてきたことと同じことが問われていました。もちろん,中にはセンター試験にはなかったような問題も出題されていました。たとえば「事実と意見を区別する問題」がその一つですが,そもそもセンター試験でも問題の形式はたびたび変更されていましたから,そうした新しい形式の問題も特に驚くことではありませんでした。リスニングでも「話者の意図を問う」問題や「文法的に正しく聞き取れたかどうかを問う」問題が出題されましたが,これもセンター試験の「筆記」で問われていた内容を音声で問う形式に変えただけだと言えますから,形式が変わっても問われている内容そのものに変化はない,と言うべきでしょう。

▼もちろん,リスニング問題の比重が高くなったことで,音声面での学習をより強化しなくてはならないということや,リーディングが読解問題のみになったことで読む英文の量が増加したことは大きな変化ではありますが,国公立大学の二次試験や私大の入試問題に比べると英文の難度はそれほど高くはなく,落ち着いて正確に対処すれば時間内に解答することは可能です(もちろん,それ相応の基礎学力は必要です。文法・語法・語彙が設問として直接問われることはなくとも,それらについての基礎知識がなければ解答することはできません)。

▼試行試験の問題は,細かく見ると設問にやや「精度の甘さ」が見受けられたものの,「思考力・判断力を問う」という意図をあの手この手で実現しようと工夫している様子は見てとることができました。

▼そこで,執筆にあたってまず私が行ったのは,独自の指標を作り,試行試験の小問1問ごとにそれぞれどの項目に当てはまるのかを分析・分類し,共通テストが思考力・判断力の「何を」具体的に問おうとしているのかを洗い出すことでした。また,それと並行して,センター試験の過去問題についても同様の作業を行いました。

▼問題は「章立て」でした。センター試験の場合,「発音・アクセント問題」「文法・語法・語彙空所補充問題」「グラフ・図表問題」というように,問題形式別に章立てを行うことができますが,共通テストの場合はそれができません。そこで,上に挙げた思考力・判断力の指標の大分類項目をそのまま章のタイトルとしました。おそらく,こうした章立てを行った問題集はこれまでなかったのではないかと思います。

① 情報を探す
② 情報のつながりを考える
③ 意見と事実を区別する/推測する

▼この本は問題集ですから,可能な限り問題をたくさん載せなければなりません。しかし,共通テストと全く同じ形式のオリジナル問題だけで構成することは諸々の事情で断念せざるを得なかったこと,そして何よりも,センター試験の過去問題の中に共通テストと全く同じ意図を問う問題がある以上,それを利用するのが最善の策であると考え,上述した分類に基づいてセンター試験の過去問題を多く導入しました。

▼そもそもセンター試験の問題は,大学入試センターが過去のデータに基づいて練りに練って作問した良問が揃っています。形式的には似せて作ることができても,選択肢などは非常に凝った作りになっていますから,そうそう容易に真似をすることはできません。また,語彙レベルも学習指導要領に沿ったものがきちんと選ばれていて,読解問題の英文そのものもどこかから引用してきたものではなく,設問をつけることを考えたうえで書き下ろしたものです。大学入学共通テストを作成するときも同様のレベルや意図で作問が行われるはずなので,まず,センター試験で培われた「財産」である過去問題をしっかり読める力を身に着けてほしい,という思いがありました。

▼また,センター試験の過去問題を利用することによって,この本を使って学習する人に「たとえ名前が変わっても,共通テストはセンター試験の延長線上にある試験だから,これまで学習したことは無駄にはならないし,名前や形式の目新しさに振り回されないようにしてほしい」というメッセージを込めたい,という私自身の思いもありました。ただ,中には,センターの過去問が使われていることを否定的にとらえる人もいて,真意が理解されなかったのはとても残念ではありますが。

▼もちろん,この本の中には共通テストの形式に合わせて作問したオリジナル問題もあります。というのも,センター試験にはない形式の問題がいくつかあったため,そうした問題は試行試験の形式に応じて作問しなければならなかったためです。また,リスニングの問題に,センター試験の過去問題の筆記(リーディング)の問題を改題して流用する,ということも行いました。先に述べたように,センター試験では「文字」で問われていたことを,共通テストでは「音声」で問う,という意図があるのではないか,と思ったためです。

▼冒頭で述べたように,大学入学共通テストは2021年1月に当初の予定通りの日程で行われる可能性が非常に高く,かつ,今年の受験生はコロナウィルス禍による休校という大きなハンディキャップを背負っています。また,2回の試行試験のデータしかない上に,その試行試験と全く同一の形式で試験が行われる保証もありません。しかし,英語である以上,語彙・文法・語法・構文・発音などの知識は共通のものですし,仮に初めて見る形式の問題が出題されたとしても,それはすべての受験生にとって同じ条件ですから,まずはそうした知識を確実に定着することと,情報を把握し,情報のつながりを考え,予測したり,根拠を考えたりしながら問題を読み/聴き解くことというあたりまえのことを着実に積み重ねていただきたいと思います。奇をてらった方法や,「知識がなくても点数が取れるテクニック」などはありません。正しく読み/聴き,正しく考え,正しく解く,というあたりまえの営みを徹底していきましょう

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