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恋に生きた君は知る【25話】

 奉仕活動を終えたエルメリアが迎えの馬車を待たせている場所に向かうと、何やら話し込んでいる様子のユスツィートとイルゼの姿があった。
 見付からないようにと周囲を警戒しながら来たのだが、どうやら相手の方が上手うわてだったらしい。
 エルメリアに気付いたユスツィートが振り返って笑みを深める。

「エリー! 今日もお疲れ様」
「ありがとうございます。何かお話しされていたようですが、お聞きしても?」
「ああ。彼女が僕たちの婚約の儀を手伝ってくれることになったみたいでね。知らない仲でもないから少し話し込んでしまったけど紹介を受けていただけだよ」

 手を取られたので仕方なしに会話へと混ざれば。
 イルゼにも「よろしくお願いします」と微笑まれ、頬が引きりそうになるのを何とかえる。

 婚約の申請について、ユスツィートもエルメリアも書類の提出だけで済ませるつもりでいたのだが確実に受理させたいのであれば式典の形式を取るように、とラルシオが手続きを進めておいてくれたのだ。
 大々的に執り行うような内容でもないことに変わりはなく参加者は身内のみとなるが。

 イルゼはその手伝いに呼ばれたらしい。
 偶然にしては出来すぎているものの、教会の仕事が絡んでいるとなると本人の意向だけでここまで来たものとも思えない。
 ユスツィートへの挨拶にしても参加者の紹介ということであれば、まず間違いなく後ろに控えている案内役の勧めだろう。
 そういうところまで“彼女”とそっくりだなんて。

「じゃあ、エリーも来たことだし僕たちはこれで」
「お気を付けてお帰りください」

 気を利かせてくれたのか。
 ユスツィートが早々に話を切り上げたのでエルメリアもそれにならう。
 乗り込んだ馬車の扉が閉められたところため息を吐き出してしまったのは無意識のうちのことだった。

「失礼」
「——ひゃっ!?」

 魔法で足をすくい上げられ、体勢を崩したエルメリアは反射的に口元を抑えた。
 馬車が走り出す。

 大きな声を出せば御者にも届くだろうが普段通りの声量であれば車体に施された防音魔法に吸収されるため多少の“おいた”であれば知られる心配もない。
 声を荒げないように気を配りながらもエルメリアはユスツィートに抗議した。

「いきなり何を。というか、お離し下さい……!」

 エルメリアと同じ座席に座り、彼女の足を膝の上に乗せたユスツィートは靴と靴下とを丁寧に脱がせていく。
 スカートが捲り上がって下着までもを晒し掛けたエルメリアは慌てて裾を押さえた。

「ああ、よかった。赤くはなっていないね」
「何の確認をされているのです!」
「君が男物の下着を踏み洗いしていたと聞いたから」

 足首に口付けられ内心で悲鳴を上げる。
 ユスツィートに奉仕活動の内容を教えたのはイルゼか、案内役の修道女だろう。

「以前から似たようなことは行なっていたでしょう」

 エルメリアのように毎日のことではないが、予定さえ合えばユスツィートも参加している。
 今更のように憤ることでもないはずだ。

「それでも面白くないものは面白くないんだよ」

 ユスツィートからしてみれば。
 婚約の儀を控えている女性に他の男の下着を踏ませようと考えるその神経がまず度し難い。
 エルメリアに心得がなければ体調を崩し、肌も痛めていたであろうことを思えばなおさらだ。

「婚約の儀なんて待たずに辞めてしまえばいいのに」
「それでは角が立ちましょう」
「やってもやらなくても教会が君を受け入れないことに変わりはないじゃないか」
「それでも、です」
「……はあ。こういう時ばかり聞き分けのいい君が憎らしくて堪らないな」

 吐き出し切れない思いをぶつけるかのようにユスツィートは口付けを続けた。
 足の甲、指先、足首に戻ってそれからふくはぎと。

 普段のスキンシップと比べても過剰なくらいだったがエルメリアから抗議の声は上がらない。
 そろそろ本気で離せと睨まれても仕方ないくらいのことはしているのに。
 不思議に思い横目で反応を確認したユスツィートはそこでピタリと動きを止めた。

「すまないエリー、君に不満がある訳じゃないんだ。嫌だったならそう言ってくれ」

 エルメリアは眉をひそめ、今にも泣き出しそうな表情で唇を震わせていた。
 体を魔法で浮かせて膝の上に座らせる。
 頬に手を添え、軽く指先で撫でれば少しは余裕を取り戻したのかユスツィートに体を委ねながら答えた。

「嫌だった訳では。ただ……」
「ただ?」
「嫌ではなかったことに困っていたといいますか。ユースの不満が解消されるならそれで良いかと。いえ、けして良くはないのですが」

 言いながら恥ずかしくなったらしい。
 手の甲で目元を覆った彼女の耳は赤い。

「うっわ可愛い」
「……ユース?」
「ああごめん、つい」

 指の隙間から睨まれてしまった。
 気持ちがまだ追い付いていない様子のエルメリアを宥めながらユスツィートは再度謝罪する。

「本当にごめん。憎らしいって言い方も良くなかった。君が僕の幸せを願ってくれたように僕も君の幸せを願っているだけなんだ。堪らないというのは愛おしさの裏返しだ。君が大切で愛おしい。だから君が軽視されることに憤りを覚えもするけれど、君がその憤りまで受け止める必要はないんだよ」

 気持ちは嬉しいが。
 ユスツィートはエルメリアを慰み者のように扱いたい訳ではない。
 どう言えば伝わるだろうか。

「ユース、あの、ごめんなさい。少し落ち着きたいのですが私を落ち着かせようという気持ちはありますか?」
「もちろん」
「なら本当に申し訳ないのですが少し黙って」

 言われた通り大人しく口を閉じる。
 婚約を受け入れてもらえたので多少ハメを外しても許されるかと思ったが、どうやら外し過ぎたらしい。

 数秒を掛けてようやく落ち着きを取り戻したエルメリアはふぅ、と息を吐いた。
 顔を隠すのを止めユスツィートに向き直る。

「魂の色は性格に表れると言いますがどうやら本当のようですね」
「意味を聞いても?」
「情熱的」
「嬉しい評価だね」
「喜ばないでください」

 付いて行けないと言っているのだ。

「だけど魂の色が性格に表れるなら全ての色に通ずる無彩色の君は僕の情熱にだって辿り着けるだろう?」
「そ、こは期待しないでください……!」
「するよ。するに決まってる」

 ユスツィートはエルメリアの左手を取ると婚約指輪に口付けた。
 今度こそ距離感を間違えないよう反応を伺いながら。

「僕が求める相手はエリー、君だけなんだから」
「嘘」

 涼しげな容貌とは相反する情熱を宿した瞳に射抜かれたエルメリアは、考えるよりも早く否定してしまった自らの甘えと弱さに目を伏せる。
 信じたい。疑いたくない。信じ切れない。
 どうしようもない思いを声に出す。

「あなたが求めるのは私じゃなくて“愛している相手”でしょう」

 ユスツィートは目をまたたかせた。
 脳裏にイルゼの顔を思い浮かべているエルメリアは自身が口にした言葉の意味を正確には理解していないが、彼は違う。
 確かにそうだ、と納得して思わず笑ってしまった。

「……何故笑うのです?」
「何故って。僕が君を求めるのは君を愛しているからだ。そう、他でもない君自身に言われたからかな?」

 一拍置いて、ようやく理解したらしいエルメリアの顔が再び朱色に染まる。

「君を愛しているから君が欲しい。うん、いいね」

 間違いなく、真理だ。

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