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尾道にみる地方創生のヒントとは?いっとく代表 山根浩揮さんに訊いた「顔が見える店・まちづくり 」

有限会社いっとくは、尾道・福山を中心に居酒屋やカフェ、ゲストハウス、屋形船など複数の事業を展開する地域密着型企業です。
同社代表の山根浩揮さんは、「地方創生」「SDGs」という言葉が無かった平成初期から、従業員、まちのための活動を続けており、その取り組みに多くの企業・自治体が注目しています。
これらの社会テーマに取り組む多くの市町村・企業が苦戦する中、何をすれば突破口が見つかるのか?
山下PMC 代表 川原秀仁が尾道を訪れ、「大人が楽しめるまちづくり」を中心に語り合いました。

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有限会社いっとく 代表取締役社長 山根浩揮さん
広島県尾道市と福山市を中心に多数の飲食店や宿泊施設を経営する有限会社いっとく代表。19歳で古着屋をスタートさせ、22歳で居酒屋一号店『遊食楽酒いっとく』をオープン。
2017年には、社員の幸せと働きがい、社会への貢献を大切にしている企業が選ばれる「ホワイト企業大賞」を受賞。
「居酒屋甲子園」4代目理事長、「IZAKAYA NIPPON」代表理事などを歴任し、全国の居酒屋による地方活性化に尽力。「NPO空き家再生プロジェクト」副代表理事としてまちの活性化にも取り組んでいる。

経営者は気づきと環境しか与えられない

川原秀仁(以下・川原) 昨晩、いっとくグループのお店『廻船酒造ベッチャーの胃ぶくろ』で尾道の幸を堪能しました。
山根浩揮さん(以下・山根)ありがとうございます。いかがでしたか?
川原 さすが尾道ですね。刺身はどれも新鮮、初めて食べた穴子のしゃぶしゃぶもおいしかったです。従業員の方々の接遇が素晴らしかったことも印象に残っています。
山根 接遇を褒めてもらえるとは! 本当に嬉しいです。
川原 山根さんは、人の個性や能力を引き出すのがとてもお上手だと評判です。それが店づくりの秘訣なのでしょうか。
山根 意識しているわけではないんですが、結果的に“人ありき”の店舗展開をしてきたのは事実です。経営者は気づきと環境しか与えられないじゃないですか。

離職率の高い飲食業界。いっとくグループに10年選手がいるのはなぜ?

川原 その点について詳しく教えてください。
山根 実は1軒目の居酒屋の経営がようやく軌道に乗ってきた頃、アルバイトの子が「辞める」と言い出したんです。理由を聞いたら「隣町に引っ越すから」だと。「それなら隣町に店をオープンしよう。そしたら続けられる?」「もちろん。うれしいです!」という経緯で作ったのが2店舗目なんです。
川原 意外なきっかけですね。
山根 カフェをつくったのも同じ経緯です。ある日、2店舗目の居酒屋で働いていた女の子が「カフェをやりたいから辞める」と言った。カフェって何なん? と思って研究しましたよ。東京にも行って、人気店を何軒も巡りました。そうして当時尾道初のカフェをオープンさせたんです。そしたら今度はカフェで働いていた子がケーキ屋をやりたいと言い出して……。「ケーキ屋は無理だけど、プリン屋やらないか?」となりました。
川原 それが“尾道プリン”ですか! 今や尾道土産の定番品ともなって、店の前にはつねに行列ができているそうですね。
山根 おかげさまで。そうやって人に焦点を当てて出店してきたので、店が成長したんだと思います。飲食業界は離職率が高いと言われるなか、うちのグループ会社に10年15年選手がいっぱいいるのは、僕主導じゃなかったから。彼、彼女達が自分でやろうと決めて始めたことだから、頑張れたんじゃないでしょうか。
川原 楽しそうに働いている姿が好印象でした。
山根 僕は飲食を通じて地域に根差して、愛されて、必要とされる店を目指してきました。じつは一昨年の西日本豪雨で被災したとき、この辺り一帯は長期に渡って断水したんです。料理用はもちろん、飲料水もトイレの水も出ないから、全店舗を閉めたんですよ。その代わり、隣町から水をもらい、全国からも送ってもらい、従業員みんなで水を配る活動をしたんです。
川原 地元の方達から感謝されたんじゃないですか?
山根 はい。日頃挨拶もしてくれなかった近所のおじさんが、その日を境に挨拶してくれるようになりました(笑)。みんな見てくれているんですよ。じつはそのとき、常連夫婦の娘さんが、高校の友達を連れて給水の手伝いに来てくれたんです。地域のために何かやりたいと思って、僕らのところに来てくれた。それが何より嬉しかったですね。

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ノスタルジックな雰囲気の人気菓子店「おやつとやまねこ」。大ヒット商品“尾道プリン”目当ての観光客でつねに賑わっている。

飲食を通じて人とつながり、まちと共に成長する

川原 山根さんは、たくさんの飲食店の他に、ゲストハウスや屋形船など多面的に経営されていますが、どういった発想からですか?
山根 基本的に、僕が飽き性だからでしょうね(笑)。飲食店で言えば、金太郎飴みたいに同じ店が尾道にたくさんあっても面白くない。たとえば、同じような焼き鳥屋がたくさんあっても、お客さんも「そんなにいらんわい!」となるでしょう。それより特徴のあるおもしろい店がいくつもあるほうがまちとして楽しくないですか?
川原 おもしろい店づくりで心がけている点は何ですか?
山根 1つは懐かしさを感じるつくりであること。もう1つはカウンターのない店はつくらない。この2点は僕のポリシーです。
川原 カウンターがあるとお客さんと店の人に自然と会話が生まれますね。
山根 そう、人と人がつながるんです。従業員はつねにお客さんから見られているし、会話しなければならないので、努力が必要ですね。でもだから成長するんですよ。働く人が成長できるような仕掛けや環境をつくる。それが経営者である僕の役割だと思っています。
川原 カウンターを通じた出会いがまちの賑わいになるんですね。
山根 カウンターに座る人というのは、常連さんかマニア。ですから、そういう人達を大切にしたい。僕が海外に行ったらどんな店に入りたいかといえば、地元の人が足を運ぶ店です。だから、地元の人々が何度でも足を運んでくれるような店でないと、観光客だってわざわざ来ないでしょう。飲食を通じた街づくりのベースは、地元の人から愛される店づくりだと思っています。

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施設の機能を再稼働させる工夫

川原 私は頻繁に全国の市町村に行きますが、結果的に、飲食業がまちのイメージづくりを担っている印象です。空き家再生に尽力されているのも同じ意図からですか?
山根 そうですね。15年前に同級生の豊田雅子さんがNPO法人『尾道空き家再生プロジェクト』を立ち上げました。彼女は海外で暮らした経験から、古いものを残す欧米の文化に対し、スクラップ&ビルド一辺倒の日本に危機感を覚えたんでしょう。故郷の尾道も空き家ばかりになったら、一気に陳腐化されてしまうんじゃないか。このままでは観光資源や尾道の未来がどんどん失われる。尾道に住む人を増やさなきゃいかん!となり、当初からリノベーション型の店づくりをやっていた僕に声をかけてくれたようです。
川原 私が昨夜伺ったお店も空き家をリノベーションされた物件なんですか?
山根 はい。あの建物は150年も昔の梁が残っているんです。僕は単純に「これをお客さんに見せたい」という発想。いい場所だし、家賃も安いし……と事業性を考えて店舗に再利用しました。でも豊田さんは違う。彼女はまず建物ありきの考え方で、「この建物を残したい」という純粋な思いから。他にも一級建築士やらアーティストやら学校の先生やらいろいろな立場の人間が賛同してくれて、すでに50軒くらいリノベーションしました。それらが今、新しい尾道を形造っています。
川原 ゲストハウスもリノベーション物件なんですね。
山根 はい。いま話をしている場所(『SIMA salon』)の2階がゲストハウス『SIMA inn』です。ここは昔高級ラウンジで、2階に大家さんが住んでいました。僕は建物が元来持っていた機能を復活させることを基軸にしているので、ここが人々で賑わっていたなら、もう一度みんなが集える場所にしよう。2階の寝床の機能も再起動させようと思って、新しい価値を加えてゲストハウスにしたんです。

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古くは遊興街として栄えた新開地区にあった高級ラウンジを改装した「SIMA salon」で取材。山根さん(写真右)、川原(写真左)。
2019年に開催した「しんがいゴー!ゴー!まつり」では世界的舞踏家による花魁道中も催され、大いに盛り上がった。

くう・ねる・あそぶ

川原 山根さんの著書に「くう・ねる・あそぶ」ができる場をつくりたかった、とありましたが、まさにその具現化ですね。この新開地区(しんがいちく・尾道の歓楽街)には昔ながらのスナックや飲食店がたくさんありますが、山根さんが引き継いだ老舗もあるそうですね。
山根 はい。新開地区は、その昔遊郭もあったので、周辺においしくて気の利いた店がたくさんあったんです。その中に、子供の頃、亡くなった親父が連れて行ってくれた、うまい焼き鳥屋がありました。それが『鳥徳』。僕らの心のステータスで、親父に「行くぞ!」と言われると、兄貴と飛び撥ねて喜んだものです。そこが5年前に閉店することになり、声をかけられ、迷った末に、引き継ぐことを決意しました。どうせ引き継ぐなら、暖簾も看板も箸袋も電話番号もそのまま残すのを条件に。もちろん秘伝のタレもです。
川原 うまい店の秘伝のタレこそ、そのままであるべきですよね。
山根 後日談がありまして、実は親父が生前、そのタレを「100万円で売ってくれ」と酔うたびに言っていたらしいんですよ。何の因果か、息子の僕が無償で引き継いじゃったわけです。その1年後に、隣の『米徳』という居酒屋も暖簾を下ろすことになったので、そっくりそのまま引き継ぎました。

地域の人々の顔が浮かぶ“関係地”

川原 新開地区をさらにおもしろくするコンテンツとしては、どういったものをお考えですか?
山根 今後はまち巡りツアーやイベントをさらに行って、大人が楽しめる場所づくりを推進していきたいですね。実際、昔歓楽街だった新開が安心安全で楽しい地域に生まれ変わりつつあります。世の中はどんどん変わっています。5Gが出現したら、人との関わり方もさらに変わるでしょう。その一方で、再びスナック人気が高まっているように、大人が集って「遊ぼうや」という機運も高まっている気がします。
川原 人が集まってきて、地域が活性化して、そこでお金も動く。それがいちばんいい流れですね。
山根 そのためには、地価が適正であることも重要です。たとえば尾道の空き家が別荘として売れても街の再生にはなりません。まちづくりの目的は地価の上昇ではないんです。人々がその地で商売する、暮らすことで関係性が生まれ、地域に根づく何かが生まれるからです。僕は、観光地・尾道を“関係地・尾道”にしたいんですよ。尾道と聞いたら人の顔がパッと浮かぶような。
川原 山根さんの郷土愛は人間愛から来ているんですね。地方創生のエンジンとなる情熱を間近で体感することができました。今日はいいお話をありがとうございました。

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尾道デニムの旗艦店『ONOMICHI DENIM SHOP』。漁師、住職、農家など、尾道で働く人々のユーズドデニムを販売。山根さんもデニムを履き、プロジェクトに協力している。

顔が見える店・まちづくりのヒント

人が定着する、持続可能な店の条件
経営者が与えることができるのは、「気づき」と働く人が自分で決めて行動できる「環境」の2つ

昔の賑わいを引き継ぎ、再生する
空き家前の機能を活かした場所で、大人の「くう・ねる・あそぶ」を叶える

人の顔が見える“関係地”

適正な地価の維持でチャレンジの機会をつぶさない




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山下PMCは、日本初のPM(プロジェクトマネジメント)/CM(コンストラクションマネジメント)専業会社。現在、総事業費3兆円以上の施設建築プロジェクトを担当。100名の一級建築士をはじめとする、建築のプロフェッショナル集団です。 https://www.ypmc.co.jp/

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私たちのハイコンセプト・ハイタッチ
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お客さまの「施設参謀」として建築プロジェクトのマネジメントを行う山下PMC。本マガジンでは、プロジェクトマネジャー一人ひとりの仕事への想いや、プライベートで夢中になっていること等をフラットに紹介します。

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