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「スポーツの裾野を拡げるためにできること」中西哲生さんに訊いたスポーツSDGs

グローバルアジェンダとして提唱されているスポーツSDGs。スポーツの価値を引き出し、社会課題の解決につなげようとする機運が高まっています。
そこで、アスリートの活動を多角的にサポートしている中西哲生さんに、スポーツを起点に産業・社会の発展につなげていくためのヒントについて、山下PMC 代表 川原秀仁が訊きました。

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スポーツジャーナリスト 中西哲生さん(写真左)
同志社大学卒業後、名古屋グランパスに入団。1997年川崎フロンターレに移籍し、1999年には主将としてJ2初優勝、J1初昇格へと導く。引退後はスポーツジャーナリストとして活動する傍ら、パーソナルコーチとしてレアル・マドリードの久保建英選手、中井卓大選手などを指導。現在、日本サッカー協会参与、川崎フロンターレ特命大使、奈良クラブアカデミーテクニカルダイレクター。出雲観光大使など競技の枠を超えた活動にも積極的に取り組んでいる。

名将アーセン・ベンゲルとの想い出

川原秀仁(以下・川原) 私、大のサッカーフリークなんです。小学生のころ、ブラジルのロベルト・リベリーノの超弾丸シュートに感動したのがきっかけです。
中西哲生さん(以下・中西) それはまたマニアックですね(笑)。
川原 中西さんは名古屋グランパスにいらっしゃったときに、名将アーセン・ベンゲル監督の下で薫陶を受けられましたね。
中西 はい。現役時代に出会った監督の中で、間違いなく一番の監督だったと思います。
川原 その一番の理由をぜひお聞かせください。
中西 納得してトレーニングできたという点です。どんな職業でも、嫌な仕事を納得せずにこなすのは難しいですよね。たとえば、選手がもっとも嫌なトレーニングは、走り込み。しんどいし、ボールなしで走る意味が分からないわけです。なぜ走らなければならないのか、なぜ今やるのか。ベンゲルは感情的な部分も100%丁寧に説明してくれました。たとえば試合で途中出場するときも、どういうミッションで僕に何をして欲しいのかと尋ねると、明確に答えてくれました。
川原 緻密な方なんですね。
中西 緻密で、人間的にもすばらしい監督でした。引退後に、イギリスにいたベンゲルのもとを訪ねた際、アーセナルのメンバーと一緒に練習させてくれたり、同じ食事メニューを食べさせてくれたりしました。お金は一切もらおうとしない。そういった彼の振る舞いに対して、「なぜこんなによくしてくれるのか」と聞いたほどです。すると彼は「日本に滞在した経験を含めて今の自分がある。今まで自分に携わってきた人たちに何かを返すのは当然だ」と言いました。その言葉は衝撃的でしたね。

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パスは未来へ出すものだ。過去でも、現在でもなく

川原 すばらしい人格者ですね。
中西 そうですね。ベンゲルは誰に対しても、好き嫌いの感情抜きに、フラットに接していました。その姿勢は、僕の人格形成に多大な影響を及ぼしました。ベンゲルから受けたことを自分が誰かにすれば、それがまた誰かにつながっていくのではないかと思っているんです。僕は長友佑都選手から始めて、現在もサッカー選手のパーソナルコーチをやっているんですが、報酬はいらないと言っています。久保建英選手や中井卓大選手も同様です。
川原 久保選手やピピ(中井卓大選手の愛称)を教えていらっしゃるんですか? これからの日本のサッカーを背負って立つ超新星ですよ!私もベンゲルさんの言葉「パスは未来へ出すものだ。過去でも、現在でもなく」が好きで、モットーにしています。
中西 極力ボールは前に出せという比喩表現ですね。ただ、そのとき忘れてはいけない作業もあるんです。たとえば僕がストイコビッチにボールを出したら、彼の前にはもう選手はいません。ストイコビッチがいくら前を向いても、敵に止められたら自分で抜くしかありませんよね。だから、僕が彼より前にダッシュするんです。彼にいくつ選択肢を与えられるかが大事。誰かが前だけを向いて未来を語っても、それを受け取る選手や社員がいなければ、プロジェクトがうまくいかないのと同じです。
川原 なるほど、ボールを持たずにひたすら走った練習の目的は、そこにあったわけですね。
中西 ときには空走りも必要です。でも、空走りした選手にも「いいランニングだった」とちゃんと伝えているんですよ、ベンゲルは。
川原 なるほどベンゲル監督の名将たる所以が理解できます。

選手を支えるスタッフにとって魅力的な職場に

川原 今度は少しスポーツビジネスの話をさせてください。私は事業を通じて、野球はスポーツビジネスを醸成するのに向いているスポーツだと感じています。翻ってサッカーは、スポーツビジネスとしての将来性を考えると、越えなければならないハードルが多い、という印象です。
中西 おっしゃる通りだと思います。サッカーは試合がいちいち止まりませんし、物を買うために頻繁に移動できる野球とは違います。副次的な販売収益は少ないですね。
川原 スタジアムが一週間に一度しか稼働していないという問題もあるので、他の日をどう使うのかなど、集約的なビジネスを展開するためには違う発想が必要なんです。
中西 ハード面では、人が集まるような仕組みをつくることですよね。海外には、人が集まる仕組みがあるスタジアムもありますよね。ショッピングモールやホテルに直結していたり、スタジアムの下に駅のホームがあったり。でも、結局ピッチに関してはしょっちゅう使って荒らすわけにはいかないんです。
川原 天然芝ですしね。コンサート会場にすれば傷みますし、そのあたりの難しさがありますね。
中西 ソフト面で言えば、球団で働いている人たちに対してよい待遇を用意することが重要だと思います。
川原 他の競技の責任者の方も同じことをおっしゃっておられました。選手を支えるスタッフにとっても魅力的な職場にしなければスポーツは拡がらない、と。
中西 そこはすごく大事だと思います。良い人財を育てるためにも、十分な報酬が払えるようにならないと。選手の待遇も重要ですが、スタッフにもやりがいを感じ続けてもらえる配分に変えていかないといけないのではないでしょうか。


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山下PMC 代表 川原秀仁

前例がないことをやる

川原 今、Jリーグ全体がDAZNと契約して、DAZNの放映権収入を得るようになりましたね。ああいったスキームに対しては?
中西 それは僕たちがコントロールできる領域のものではないと思います。しかし、大きな流れに沿いながら僕たちがどう動いていけるのか、いい意味でフレキシブルにすべきだと思います。
川原 私は、ニューカマーのメディアと旧来の放送局とをうまく役割を分けて、DAZNにはアジア戦略をどんどんやっていただく形にするとか、総合的な棲み分けがうまくできないものかと思っています。
中西 僕は、お金を払ってスタジアムに来ている方がいちばん見やすい方法をとるべきだと思っているんです。そのためには、少なくとも微妙な判定時にはVTRを流すべきだとも思っています。
川原 たしかに、リアルの充実が大切ですよね。それと、オーロラビジョンがないスタジアムもまだ多いですからね。
中西 観客席でDAZNの映像を見ればいいのかもしれませんが、スタジアムに足を運んでくれた方全員が、今何が起こったのかを映像でパッと見られるほうが早いですしね。レフェリーのジャッジに関しても辻褄が合わないことが出てくるかもしれません。前例がないことを始めるのは大変ですが、やれば必ず、いろいろ変わってきますから。たとえば僕が「ワールドカップで優勝する」と言うと「いや、それは無理でしょう」と笑う人がいますが、そう思ったら永遠に無理ですからね。
川原 いいですね! 私も日本がワールドカップで優勝するシーンをこの目で見たいです。

PMの輪

スポーツビジネスの成長に必要なのはプラットフォーム
運営団体(球団、チーム)、アスリート、施設所有者、自治体、ファン、多くの関係者によってスポーツビジネスは成り立っている。山下PMCでは、スポーツ施設建築のプロジェクトマネジャーの立場として、それらをつなぐ“プラットフォーム”が重要だと考えている。

久保建英選手と五重塔の強さには共通項が

中西 僕は優勝するための方法を常に探していますよ。その方法ももう気づいています。
川原 教えてもらえますか?
中西 日本というものを、いかにサッカーに取り入れるかがカギです。日本文化の形成のされ方、精神性、建築物で言えば神社仏閣の並びもそう。僕は、久保建英のフォームを作るときにいちばん参考にしているのは、法隆寺の五重塔や薬師寺の東棟と西棟なんです。
川原 芯柱(しんばしら)があって、横に緩衝材があるというスキームですね。
中西 そうです。彼はなんとなく重心位置が高くて、軽く浮いているようにさえ見えるんですけど、それはまさに礎石に木を乗せているのと同じような状態。彼の二軸は左右の脊柱起立筋なんですが。
川原 たしかに、彼の動きはとても滑らかですよね。なるほど、中西さんのコーチングによるものだったとは! 宮大工だった父が、よく「成り立ちにはすべて意味がある」と言っていたことを思い出します。
中西 五重塔は一例ですが、僕は日本のいいところ、優れたところを取り入れれば、日本の強さを引き出せると思っています。世界で活躍している建英を見て、その考えは正解だったと確信しています。

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神社・仏閣はしなやかで強い
日本に現存する最古の木造建築・法隆寺。国宝にも指定されている五重塔は極めて独創的な建築様式で、1300年もの間、天災や震災に耐え抜いてきた。中西さんは法隆寺に秘められた構造力学について本を読んで知り、アスリートの指導に採り入れている。

SDGsの実装に向けたスポーツがもつ価値の活かし方

川原 昨今、企業活動の中に「世の中をいかによくしていくか」という視点を組み込むCSV経営が広がりつつあります。そして、SDGsの実装に向け、スポーツがもつ価値が期待されています。中西さんご自身は、今後スポーツに、どのように関わっていかれるご予定ですか?
中西 今の自分があるのはサッカーのおかげなので、いかにサッカー界に返せるかということをいつも考えています。スポーツのマーチャンダイジングが発展してきて、スポーツで社会貢献できるような状況が増えれば、引退したスポーツ選手が活躍できる居場所も増えてくると思います。僕の活動によって、後輩たちの活躍の場を増やしていくことが、サッカー界への恩返しになるかもしれません。
川原 私たちもそういった社会基盤づくりに貢献できるような仕事をしていきたいと思っています。今日は素敵なお話をありがとうございました。

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スポーツの裾野を拡げていくヒント

大局的見地をもつ
ひとつの競技・分野だけではなく、世界を広く見渡し、構造の共通項を見いだす。
メリットを循環させる
フラットな視点で人に接し、与えてもらった恩恵は他人に返していく、自然な循環をつくる。
包摂的・寛容なスタイル
スポーツにかかわるすべての人が働きがいを感じ、満足できる仕組みが必要。

奪い合いから、共創・シェアする社会へ
~SDGs時代のオムニ・チャネル戦略~(山下PMC 川原のコラム)

20年アメリカで伸びているスポーツビジネス。なぜ日本では伸びないのか?~スポーツGDP15兆円の可能性を考える~〈前編〉

山下PMCでは、スポーツSDGsをテーマに複数の講演を行いました。「スポーツビジネスジャパン2019」(2019年11月19日、20日開催)出展・講演レポート


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山下PMCは、日本初のPM(プロジェクトマネジメント)/CM(コンストラクションマネジメント)専業会社。現在、総事業費3兆円以上の施設建築プロジェクトを担当。100名の一級建築士をはじめとする、建築のプロフェッショナル集団です。 https://www.ypmc.co.jp/
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