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No.76 『朝日インテック』 異業種から医療分野へ参入した成功事例

私ごとではあるが、76歳になる母が去年、不整脈の治療で手術を受けた。開腹して心臓にメスを入れるのかと心配したが、実際にはプラスチックストローを極細にしたような管を、太ももの血管からスルスルと挿入して患部を処置するごく簡単な手術であった。身体への負担も軽く、わずか5日程度で退院できたと思う。おかげさまで今ではすっかり全快した。

母の受けた手術を一般的に『カテーテル治療』と呼ぶ。これはもうご存知かもしれない。朝日インテックはこのカテーテル治療で使われる処置具のメーカーである。主要製品はガイドワイヤー、ガイディングカテーテル、バルーンカテーテル。カテーテル治療に欠かせないこれら3つの器具で全社売上の大半を稼ぎ出す。なかでも朝日インテックが強いのは、カテーテルが血管内へ挿入するのを補助するガイドワイヤー。国内シェアは実に70%を占めると推定される。わたしの母もお世話になった可能性が高い。

業績は好調である。2012年6月期に20億円だった営業利益は、2020年6月期に154億円まで拡大する見通しだ。しかも、この間に一度も減益に転じることなく、8期連続で最高益を更新してきた。文字通りの右肩上がりである。加えて、2020年6月期の営業利益率の見通しは24.1%。収益性の高さが同社の競争優位と付加価値を端的に表している。

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もともと朝日インテックは医療用器具のメーカーではない。1976年に創業した当時、かれらの収益を支えていたのは、自動車用途を中心とする極細ワイヤーロープであった。と言われてもピンと来ないかもしれないが、たとえばアクセルやブレーキ、サイドブレーキなどを駆動させるためのロープを同社は得意としていた。

当時は自動車部品メーカーと呼ぶに相応しい朝日インテックが、医療の分野に新規参入したのは1990年代の初頭である。おそらくバルブ崩壊で苦境にあった同社は、既存のワイヤーロープを新たな市場へ展開したいと考えていた。そんな時にタイミング良く、カテーテル治療の第一人者であった外科医から、開腹手術にとって代わるカテーテル治療用の器具の開発を依頼されたらしい。このあたりは、もともとカメラメーカーであったオリンパスが、医師の要望で内視鏡の世界に足を踏み入れた経緯とよく似ている。秀でた会社には良縁が待っているものだ。

朝日インテックが秀でているのは技術力である。患者の太ももから心臓に至る曲がりくねった細い血管内で、外科医が思い通りにガイドワイヤーを推し進めるには高度なトルク技術が必要だ。ここにおいて自動車用ワイヤーロープの製造で培ったノウハウが生きている。

カテーテル関連器具の市場は今後も成長すると見ていい。患者のQOL向上につながる低侵襲治療の需要は拡大が見込まれるためである。そのなかで朝日インテックの課題は、最大市場である米国を攻略することだろう。現状のシェアは30%に満たないのでアップサイドの余地は大きい。しかし、ボストン・サイエンティフィックやアボットなどの強敵が待ち受ける市場で日本と同じ振る舞いはできないだろう。中期的な成長ペースは鈍化するかもしれない。

とはいえ、異業種から医療分野へ転身を企図している企業にとって、朝日インテックの成功は参考事例になるのではないだろうか。

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