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No.12 『日本電産』 クルマがパソコンになる日

日本電産の永守会長はカラオケが好きなのだろうか。2019年10月に開かれたIR説明会では、歌にたとえて事業を語る場面が多く見られた。「30年前に売れた曲が今はどうなってますかなんて質問されても困るわあ。時代はすでに変わっとるんやあ。つねに新しい歌に注目せなあかんでえ」。HDD用モータの質問ばかりするアナリストを事前に牽制し、車載用モータにもっと目を向けるように永守会長は言いたかったのだろう。

振り返れば、日本電産が車載用モータの分野に打って出たのは1995年。HDD用モータが縮小し始めてから、用途の拡大に慌てて動き始めたと見られがちだが、実はHDD市場が本格的に離陸する以前から入念に準備していたのである。にもかかわらず、車載用モータの収益ポテンシャルについてアナリストは必ずしも好意的に捉えなかった。そもそもEV市場が成長するかわからないし、仮に成長したとしても、後発の日本電産が競争優位を発揮できるか不透明、といったスタンスであったように思う。

しかし、実際には永守会長の言っていたことが正しかった。HDD用モータに替わって、今や車載モータは日本電産の収益を牽引する主役の座を完全に占めている。同事業の売上高は2010年度の692億円が2018年度は2,973億円、M&Aによる上乗せ効果もあって、2020年度には1兆円の大台に乗せる計画だ。とんでもない成長スピードだろう。市場の追い風を800%取り込んでいる。四半期の決算を発表するごとに中期的な受注のガイダンスが上方修正される状態がもはや定常と言っていい。

日本電産はなぜ強いのか。月並みだが、永守会長の経営力というほかない。たとえば、市場の流れを読む予見力、顧客や競合の動きを捉える想像力、チャンスと見るや一気に先行投資するリスクテイク力、買収した企業の心を掴む掌握力など。事業のレベルで言うなら、EVに搭載される主要なモータにおいて、品質・サイズ・コストのすべてで他のサプライヤーを圧倒しているとみられる。市場の本格的な立ち上がりを前に、競合他社との勝敗はすでに決しているようだ。「出口調査でもう当選確実やあ」。あとは先行投資のタイミングだけに注意を払えば良いのだろう

一方で、永守会長は後任を育てることも忘れない。2018年6月に就任した吉本社長は現在、永守経営塾のスパルタ教育で成長中だ。「ぼく(永守会長)の経営力に追いつくまであと3〜4年は必要だわなあ。潜在能力は高いから大丈夫や。まあ、ぼくも125歳まではやるつもりやから。安心せえ」。ひょっとしたら、わたしのほうが永守会長よりも先に寿命を使い果たすかもしれない。

EV時代の到来が意味するものは何か。それはクルマのパソコン化であろう。モータや電池など主要な部品を外部購入すれば、誰もがクルマを作れる日は必ずやってくる。そのとき、モータで圧倒的なシェアを握る日本電産は、CPUにおけるインテルのような存在になっている公算が大きい。「nidec inside」。永守会長はすでにロゴも考えているかもしれない。

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