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読書記録004「ベケット・放浪の魂」堀田敏幸

「放浪」を軸に、ベケットの小説(戯曲は2本だけ)をいくつかの観点から考察している小論集。

先に断っておくが、僕はベケットの戯曲は結構読んでるが、小説の既読は二冊のみ。「モロイ」と「マーフィー」。積読本には「マロウンは死ぬ」「並には勝る女たちの夢」。

ベケットの小説はとにかく長くて苦しいから読み終えると読み終えた達成感でいっぱいになり、内容をほとんどなにも覚えていない、ということがままある。なので、忘れた内容を思い出させてくれるという点でもよかった。

またベケットは思わせぶりなことや、すべってるギャグみたいなこともやるので、本当に伝えたいことがどこかの見極めが難しかったりする。そのためあるテーマに絞って、小説の一部を引き出してくれると、ああこれはこういう意味だったのね、そうだったかも~という、理解の一助にもなる。

「ゴドーを待ちながら」に関して、そこで印象に残ったのは、ゴドーとは救済をもたらすものではあるが、エスドラゴンにとって救済とは死であるのだから、ゴドーとは死をもたらすものだろう、ということ。

「マーフィ」に関して、「生活のために働くことで、彼は生の実質を失うであろう」と言うセリフ。これは以前読んだときよくわからなかったが、この小論のベケットの労働への反発を読んで、理解できた。

恋愛に関しての態度には発見があった。

ある男が自分の神に誓って、女の人を完全かつ本当に自分のものにするには、彼女を……えーと……腕の中に抱きしめる時でもないし、離れていて、いわば彼女の気持ちを分かちあい、彼女の良いところを感じる時でもないんだ。それはただ、ほとんど沈黙して一人で座りこみ、彼女のもつ力強さを思い描くか、彼女への詩を作るか、いずれにしろ彼の精神の地下埋葬所で、何となく彼女が気をもんでいる事実を感じとる時だけなんだ。だから、もし君がそういう考え方に同意してくれるなら、僕が一日か二日のうちに君から去るのは、三日か四日後か来月かに、僕の神に誓って、君を自分のものにする為なんだ、と言えるかと思うんだよ。(並には勝る女たちの夢)


章が変わるたびになんか同じ言い回しがあるなあ、と思っていたけど、いわゆる読み切りの形でそもそも掲載されていたものらしい。愛知学院大学教養部紀要、などとある。作者は愛知県生まれ。

批評として切り込んでいくスタイルというよりも、代わりにベケットの思考に添って後をついていく感じの評論で、同じ場所をめぐりめぐっているうちに、われわれはベケットのとりとめもなく際限のない思考の内側へ、連れ去られていく感覚を覚えてしまう。

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