朗読

人が自らを人と自覚せずに生きていた時代だったら役に立ったかもしれない脳のメカニズムが、
こと現代においては足かせにしかなっていない。そう感じることが何度もある。

楽しい時間が早く過ぎるのはなぜ?
痒みって何の意味がある?
辛いと涙が出るのはなんで?
…昔はあまり実感がなかった種々の出来事も、今はなぜだろう?と思うことが増えてきた。
むしろ、今まで何も考えず過ごしてきただけかもしれない。
やはり、考えすぎるより、考えすぎない方がいく分か生きやすい。考えすぎることは、見方によっては退化ととれなくもない。今のご時世に、考えることは必要以上には必要ない。

最近、1日のうちに感じた幸せを投稿するようにした。

日や時間帯によって粒度が全然違うが、気に留めていない。
周りもきっと気にしていない。
事情も知らない赤の他人の悪口だったり、行方も知れない政治の悪口だったり
抑えきれずに噴出する悪意の塊というものは、他と執拗に比べることで起こりうる。
実力主義の時勢には合っているが、どうも嬉しくない。

身の回りに起こったどうでもよいことを、ひたすら独り言のように書いていく。
人を傷つけもせず、おまけに自分の幸せも認識できる。誹謗中傷で人は幸せになれない。
僕の娯楽が死ぬまで続くといいな。まあ飽きるまでは生きるが。

今日はサーバーダウンのおかげで仕事が早めに終わった。
本来なら遅く帰ることになっていたが、今日くらいは少し早めに帰ることができた。
明日の事なんて知るか。明日なんてひょっとしたら急に終わっているかもしれない。それに、必要以上には考える必要はない。

帰る支度をしたあと、職場の近くで人とすれ違った。と思ったら鏡に映った自分だった。
「いつもありがとう、また頑張ろう」って話しかけた。

「キモいな」
鏡の前の僕は、笑っていた。

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