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ディスコースと現実の嗅覚的不協和 [NEZ 2022年10月28日]

NEZ Magazineのウェブ版を翻訳しています。

今回は、Reinventing perfumery discourseというテーマで3回にわたって特集されています。

今回はその第2回です。順番が前後してしまったのですが、第3回は先に訳しました。

■ 第1回(翻訳済):香水ディスコースの改革
■ 第2回(今回):ディスコースと現実の間の嗅覚的不協和
■ 第3回(翻訳済):クリストフ・ラウダミエル「香水の50%は盗作かリミックス、倫理規定を定めるべき時期が来た」

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ディスコースと現実の間の嗅覚的不協和

By Jeanne Doré
2022年10月28日

どこまでも続くグラースのバラ、環境に配慮したパチュリ 、そして数滴のオーガニックラベンダー。大手ブランドは、サステナブルでエシカル、意識の高いエキスのみをボトルに詰めているようだ。その一方で収益性の問題から、その年のベストセラーとなるような香水を数十種類も用意している。もし香水メーカーがクリエーションについて別のアプローチで語ろうとしたらどうだろう。

昨年の春、国内外の専門誌や一般誌、ソーシャルメディアはバラの津波に飲み込まれたかのようだった。ある大手ブランドがグラースに花の女王を育てるための豪華な敷地を開設し、この新しい「エコロジーサイト」を紹介するために多くのジャーナリストやインフルエンサーをプレス旅行に招待したのだ。この買収は「香料植物栽培の垂直統合戦略で、その核となる成分に基づく持続可能で責任ある革新を促進する」と紹介された。

バラの雪崩

もちろん大企業が香料の栽培を支援し、絶滅危惧種の植物を保護しようとすることは大いに結構なことであり、そのことについて語るのは当然だ。しかし雪崩のように押し寄せるバラを前にして感じたのは、香水とはグラースの畑に咲く花や麻布の袋に入った花びらのようなものだ、と思い込んでしまいそうになることだった。「グラース産オーガニックセンティフォリアローズ」と「貴重なオリスの花」[1]、さらに「ベルガモット、ピンクペッパー、グリーンハーバルアコード、ジャスミン、パチュリ 、グルマンアコード、ウディアンバー」が配合されたエキスが登場し、もちろん量は明記されていないのだが、前述ブランドの女性向け世界ベストセラーの100番目の脇役を微妙に出現させていることを忘れてはならない。

今日香水について語るとき(はっきり言えば、大量に売れなければならないもの)、畑の真ん中にいるかのような陳腐なイメージに終始している。しかしボトルを売るためにはグルマンアコードとウッディアンバーが必要だ。私たちが抱えているのは認知と嗅覚の不協和である。香水ボトルにはごく稀な例外を除いて、誰もが自然な素材だけが最もクリーンで持続可能な形で含まれていると信じている。これはブランド側の誤った情報が広まり、嗅覚文化が欠如した結果だ。それでもなお、めったに強調されることはないものの、非常に収益性の高い大ヒット商品を生み出すために不可欠となっている合成香料のおかげで、ブランドは心地よい香りを作り出すことができる。消費者テストの結果を急上昇させるグルマンアコードと、「私の香水は長持ちし、残り香も素晴らしい」ことを保証するパワフルなウッディアンバーのベースノートは、合成成分によって成り立っているのだ。ブランドのメッセージには登場しないが、グラースのバラ農園を紹介するために膨大な資金を費やすよりも、合成香料の方がサステナブルでクリーンな香水に貢献するのは間違いない。

香水の極めてマイナーな部分にスポットライトを当てることで、(グラースのバラ栽培は世界のバラ生産量に比べればわずかであり、バラの香りのする市販品に比べればなおさら少ない)合成香料、甘い香り、ウッディアンバーに満ちた超キャリブレーションの香水という全く異なる現実を完全に隠しているのだ。より高級なブランドのことを言ってるのではない。コミュニケーションよりも処方に多くの資源を投入し成功の義務から解放されることで、彼らはより知的な方法で天然香料を使用することができる。幸いにもそのようなブランドは存在するが、残念ながらまだ数は少ない。

何度も何度も

ジャーナリストに送られるプレスキットのほとんどは、ただひとつのことしか語らない。天然素材、最も高貴で貴重な素材、そして新規性を伝えるために同じものを何度も何度も引用し、香水を説明することができないような終わりのない羅列をすることがよくある。このような原材料のリストを読んだ後、どんなに食欲をそそられるように見えても、実際には自然への敬意を表していない魅力的なアコードに原材料が極限まで希釈されていることに気づくと、まだ空腹なことが多い。最も希少な白トリュフが、油に浸され塩に溺れたファーストフードの新しいレシピに振りかけられているのを想像してみてほしい。

例えばあるイタリアのブランドは、「時代遅れの男らしさの典型」を揺るがし、「自己表現と本物の人間関係の重要性を強調」し、「持続可能な開発へのコミットメント」を保証し、これらすべてを「貴重」で「上質」な「最も美しい」原料の力を借りて、偉大なクラシック男性香水を「書き直す」ことを約束している。カラブリア産ベルガモット、プロヴァンス産クラリセージ、モロッコ産オリス・レジノイド、バージニア産シダーウッド、ブラジル産トンカビーンなど、洗練された印象的な香りが特徴だ。(高貴さが増すかのようにすべて英語の大文字だが、これらのエキゾチックな原材料がもたらす二酸化炭素の影響にはもちろん言及されていない。)熟練した調香師に、これらの原料をブレンドしたらどんな香りになるか聞いてみるといい。

ある先天性嗅覚異常の女性(人生で一度も匂いを嗅いだことがない)は、香りのピラミッドの説明を読んでもその香りがどんな匂いなのか全く分からないと指摘した。共感覚のおかげで植物のリストよりも匂いの方が簡単にわかるはずなのに(アノスミックの人たちだけでなく!)、その情報は他の感覚や知覚との関連性をまったく欠いている。

また大手メゾンの定番のバリエーションとして、「有機栽培のイタリアンマンダリンの華やかなエッセンス」、調香師が選んだ「ローズエッセンスとローズアブソリュートの繊細なマリアージュ」、まるでこれらのラインが配合されることですべてが変わってしまうかのような表現がされている。

天然香料は素晴らしいもので、比類ない豊かさと厚みを調合にもたらす。香料会社が最高の品質で可能な限り良好な条件で生産されたものを提供できるように、努力と資源を増強している。天然香料だけで崇高な香水を構成する方法を知っていれば可能だ。しかしナチュラルの存在だけで優れた品質が得られると信じ込ませるのは見せかけに過ぎない。何度も言うが、優れた香水とは優れた原料の産物であると同時に、経験豊かで才能ある調香師が、アイデアや願望、ストーリー、ビジョンを持って、その才能を開花させたものなのだ。

残念ながらよく期待されるように、コアリストの最終選考で消費者テストに勝つことに視野を限定してしまうと、決してうまくいかない。[2] グルマンアコード、刺激的なウッディベース、プロヴァンス産ラベンダー、グラース産の愛らしいローズ[3]の間で堂々巡りし、他の香水と同じように、おそらく販売数、そして少し後にその成功を確認する賞を誇りに思う人たち以外には極めて限られたアピールしかしない香水を生産している。だからブランドは消費者を教育しようとせず無知なまま放置して、きちんと考える時間もなく最初に鼻先に置かれた試香紙に引きずられて衝動買いをするのだろうか。

まるで香水が高級料理のレシピであるかのように、世界で最も上質で、エキゾチックで、フォトジェニックな素材を選び、それらを混ぜ合わせれば、「洗練されていると同時に印象的」であることが保証された香水が完成するのだ。しかしガストロノミーの世界でもそれはあまり普通ではない。もしある記事で一流のパティシエの仕事を紹介する際に、彼らの仕事の創造的、芸術的、感覚的な側面を取り上げるのではなく、小麦やビーツの畑と小麦粉の袋の山だけを見せられたらと想像してみてほしい。
創造的なプロセスの現実はこのような単純化されたビジョンとはかけ離れており、もしこれが普通になっていなければほとんど笑い話になっていたことだろう。

香水の構成要素

例えばカルティエの「L'HEURE PERDUE」のフォーミュラについては、その開発に関する記事(フランス語)をご覧ください(簡単ではありませんが)。表示されている成分のほとんどは、100%天然成分であっても全く知られていないか、嗅覚的に感知できないことに気づくだろう。これは、私たちが目にするものが主に香水の構成要素であり、香水に形や構造を与える成分であり、一度組み合わせれば認識できるアコードを作り出すからである。一方宣伝されている成分は、たとえあったとしても驚くほど少量であることが多い。なぜなら香りのピラミッドとは正反対のものであり、商業的な目的からメインノートを単純化し、多少なりとも認識しやすくするために使用されるものだからだ。

もう一つの例として、家を構成する材料を説明するときに、暖炉の大理石や床板のオーク材、子供部屋のピスタチオのペンキの話ばかりして、実際に家を構成するレンガやコンクリートブロック、骨格構造、電線、配管の話を全くしなかったとしたらどうだろう。それがなければ家は倒壊してしまう。存在しないのだ。

フレグランスの処方を開示することは、香水をより倫理的なものにするのに役立つのだろうか。一部のニッチブランド(J.U.S, Éditions M.R., The Observer Collection, Bastille)は透明性を高めるために試みているが、その実践はまだわずかで、時には少し複雑なものとなっている。

調香師のクリストフ・ラウダミエル(11月2日にインタビュー記事を掲載予定)は、伝統的にパフュームメゾンが創作物を盗用から守るために最大の秘密にしているフォーミュラの寄贈と公開を呼びかけた。これらの処方はGC(ガスクロマトグラフィー、成分分析技術)の結果によって大部分を得ることができ、現在では簡単に有償で入手できると、彼は主張している。GCは香料会社の所有物ではないので、一般の人がGCにアクセスすることで仕組みをを理解し、ブランドステートメントとは異なるストーリーを得ることができるはずだと彼は考えている。これは間接的に農家や化学者の宣伝にもなる。クリストフはまた、ブランドに対して、コンポジションの一部であると主張する天然香料の量について言及する法的義務を積極的に提唱している。確かに、成分によっては非常に強力で、多量に使用する必要がないものもあるが、農家の十分な収入を確保することを誇るなら、数ppmよりはるかに多く使用しなければならない。そして、それを証明する。

独自の美

いつかこのようなことが形になるまで、香水業界は香水を本当に美しくするものを明らかにするために香水の本質から遠ざかる不協和音をどのように変えていけばいいだろうか。

香料植物の栽培、生産、加工において上流で採用されている真の美徳の実践、さらに合成における計り知れない進歩、生産性の向上、汚染の低減、これらすべてのつながりに対する向上を可能にする技術革新を、調香師の才能を称えつつ、どうすれば強調し続けることができるだろうか。私たちを驚かせ、誘惑し感動させ、時には不安にさせる香水の能力にもっと注目し、自分自身や他の人に独特の美しさを持つ香水を楽しむことで、その多様性とさまざまな個性を大切にし、遠い過去の記憶や感情が魔法のように蘇り、私たちを幸せにしてくれることだろう。なぜなら香水の美しさとは、香りが私たちに与える感情の中にあるからだ。それ以外のものは、他に語るべきことがないときの水増しでしかない。逆説的だが、広告は常にこの感情を表現しようとするが、それは常に香水そのものから切り離された誘惑と欲望の戯画に帰られている。

よりサステナブルで環境に優しい香水のための戦いの後、次の大きな挑戦は、コミュニケーションを改善し、より透明で公正で正直なものにすることであると確信している。この変化は業界にとって有益なものでしかない。


脚注
[1] 香水で抽出されるのは、花ではなくオリスの根茎である。
[2] 一定期間、ブランドのブリーフに対応する権利を持つ、厳選されたコンポジション・ハウスのリスト。
[3] 100万分の1、または0.0001%

Main visual : Redemption, Julius L. Stewart, 1905, huile sur toile, La Piscine, musée d’art et d’industrie, Roubaix.

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原文はこちら
https://mag.bynez.com/en/reports/reinventing-perfumery-discourse/olfactory-dissonance-between-discourse-and-reality/


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