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《父から息子と娘に伝えたい、88の人生の教訓》その16(コンプレックス)

《父から息子と娘に伝えたい、88の人生の教訓》

その16(コンプレックス)


1981年、8歳、神奈川県横浜市金沢区


僕は、この頃から太り始め、大学に入るまでずっとぽっちゃり体系だった。
小2のとき、同じクラスの友達の誕生日会にお呼ばれし、友達のお母さんが作ったカレーがとても美味しく、3回お代わりをした。いくら育ち盛りとはいえ食べ過ぎたのか、翌日にお腹が痛くなり、病院で調べたら虫垂炎だったのですぐに入院した。
生まれて初めての入院。
生まれて初めて食べることを制限され、苦痛で仕方なかった。結局7泊8日の入院だったが、3日目くらいからは全然元気で、退院したら、アレ食べたい、コレ食べたい、とずっと考えていた。


無事退院すると、我慢していた食欲が爆発して、両親や親戚に快気祝いをおねだりして、食べたい限り食べた。
それ以来、胃が大きくなったのか、盲腸を手術で摘出したのでその分胃の膨らむスペースが空いたのか、食べる量が極端に増え、戻らなくなっていた。
家族とたまに外食にでかけると、家族が残した分は全部僕がたいらげるのが恒例となり、「ナツは何でもたくさん食べるからバキュームカーだ」と親父に言われるほどだった。

当初は、たくさん食べるのは元気の印、と気にとめても無かったが、体重のせいであまり運動はできないし、女の子にも人気が無かった。
いつしか、軽肥満はコンプレックスに代わり、後に中学生に上がり思春期に入り始めると、自分に自信が持てないようになっていった。


教訓16

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