見出し画像

かあさん、カラス飼いたいよ。(掌握小説)

ここは、とある地方都市の駅。近くに大学ができたり、マンションが建ったりしたおかげで、小さな駅の割には、一日の乗降者数が多く混み合ってる。まあ、そんなことどうでもいいほど、寝坊したので、駅まで、5.0分/kmの速さで走り、今、改札に定期券をバシッときめて、ほんとうは短い足のくせに小説では長く見せるため、階段を一段跳びに飛び降りて、いま閉まりかけてる電車のドアに向かって、ゴールするはずだったその時、

ベンチに腰掛け空を見上げながら、スマホで話している少女を見つけた。

麦わら帽子におさげの彼女は、夏だからこれでいいやと作者が勝手にコーディネートしたひまわりのワンピースを着ている。

なんだこいつ。なんこつ、いや、焼き鳥食べたいなーと思って、振り返った瞬間、お決まりで、無情にも電車のドアが閉まって、プシュー、ガタンゴトンと、次の次のそのまた次の駅で臨時停車することになって、みんな会社に遅刻することなんて、このセンテンスを書いてる瞬間、作者も誰も知らないままに走り去って行った。

いってらっしゃーい!

ちがうやろ、あせらんとあかんやろ。と、自分でつっこんどいて、こいつのせいだとばかり、彼女をにらみつけてやったのだが、そんなことお構いなしに、彼女は、スマホに向かってお話をしている。

かあさん、カラス飼いたいよ。

な、なんですと、カラスが飼いたい。せ~の、か~らーす、なぜ泣くのカラスの勝手でしょ。みんなー、このベタなフレーズ、いま、頭の中で流れたよね。もう一回。(わーたし、サクランボ。)

どうしてって。いま、駅でね、カラスを見ているの。カラスって、かわいいね。

麦わら帽子の影で鼻から上の色がちがう彼女の目線の先を追っていくと、・・・。まぶしいほどの青、雲一つない青空じゃないか。ねえ、青空の下が海だったら少女とのいけない恋が始まるのかな。でも、青空の下は、開発に取り残されて、犬のクソとペットボトルとコンビニのビニール袋を野菜サラダのように混ぜた小さな畑だった。犬の糞禁止の立て札がむなしい。

そんな青空の中、一本の電柱の頂上に、カラスが一羽とまっていた。

かあさん、ちがうよ。カラスって、青いよ。

うーうん、頭はね。まん丸くて、鳩みたい。

うー、パッポー、ピッポー、ペッポー。ポッポーで、また、電車が行ってしまった。走り去った後の線路が、夏の日差しに照らされてはいるけど、銀色のままで光は跳ね返していない。ルパンの斬鉄剣を思い出す。コンクリートの砕石は茶色いさびにまぶされていて、ご飯にきな粉をかけて混ぜ合わせたようだ。

カラスの目は、まんまるでかわいいね。こっち見てるよ。

こいつ、目がいいんだ。カラスと見つめ合えるんだ。そういや、カラスなんて、まともに見たことない。もし、カラスにメンチ切ったら、あの白くて緑が混じったねちょねちょの糞でお返しされるんだろうな。いや、昔、されたことある。買ったばかしの帽子にやられて泣いて帰った思い出がADのどこかにある。

かあさん、カラス、連れて帰るね。

どうやってじゃ。鳥かごに入らへんやろ。それか、首輪でもするんか。鳥だから足輪かな。そういえば、鷹はどうするんだろ。鷹、たか、タカ。タカ、タカ、タカ。昔、どこかの動物園で、鷹の飛行の実演があった。50mほど先から鷹が私の腕めがけて飛んでくる。狙いを定めて、私の左腕に着地。ズシっと重い。なぜか、責任という二文字が頭に浮かんだ。

それじゃ、カラス捕まえてくるね。

左手のスマホを耳に、右手を青空に差し出して、麦わら帽子が首からたれるほど顔を上げて、少女は立ち上がり、カラスに向かって、その第一歩を踏み出した。と、その時、

カラスは見た。

ギー、ギ、ギ、ギ、ギー。ググググ、プシュー。

上下線とも、電車が止まった。ホームの上が騒がしい。

反対側ホームで、何かが通過列車と接触し、運転士が異音を感知して急ブレーキをかけたので、列車防護無線が発信され上下線とも電車が緊急停止したようだ。こちらの番線では、先頭車両が、ホームに差しかかろうとしたところで、止まってしまい、運転士の姿だけが妙にクローズアップされて見えている。受話器のような装置でしきりに誰かとやりとりをしている。

お客様の中で、電車と接触されたお客様はおられませんか。黒いカバンをお持ちのお客様ーーー。

駅員が、同じセリフでホームを何度も行き来する。ホームの端に女子高生が二人、黒いカバンをひざの前に置いて、向かい合ってしゃがんでいる。どう見てもあんたらやろ。駅員もわかっているはずだ。わかっていても、安全最優先で何度も何度も繰り返して呼びかけなければいけないほど大きな大きな過ちがあるんだこの鉄道会社には。

かー。

カラスが、一声残して飛び去った。

少女は、手を振った。

かあさん、カラスが先に帰ったよ。お家で待っててね。

少女は、うれしそうに、階段を昇って消えていきました。

さあ、どうしよう。行くか、帰るか、帰るか、行くか。行く、帰る、行く、帰る。突然出てきたマーガレットで花占いをし始める。

行く、帰る、行く、帰る。スキ、きらい。スキ、きらい。愛してる、愛してない、愛してる、愛してない

また、電車が静かに動き出した。

(おわり)

サポート代は、くまのハルコが大好きなあんぱんを買うために使わせていただきます。