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ひとみ崩壊

私は、ひとみの瞳が好きだ。
ひとみは、とても澄んだ瞳をしている。
ひとみは、キスをするとき、目を開く。幸せを瞳に焼き付けるためだ。
ひとみは、悲しいとき、目をつむる。悲しみを胸の奥にしまいこむためだ。

ひとみの瞳には、欠けがある。右目の少し上の方、黒い瞳の中に1mmにも満たない小さな白い長方形の欠けがある。
ひとみは、私の目を見て話し、私も、ひとみの目を見て話す。ひとみと話していると、どうしても、この小さな欠けが気になってしまう。白い欠けは、左右に動き、まぶたに隠れる。でも、いつも、瞳の決まった位置にある。

瞳の欠けは、生まれた時にはなかった。ひとみが、まだ小さかった頃、お父さんとお母さんが別々に暮らし始めると、瞳みに小さな欠けがひとつできた。
幸せがひとつ消えるたび、白い長方形がひとつできる。ひとみには、そう思えた。

ひとみは、大人になるまでがんばった。つらいことや悲しいことは、胸の奥にしまい、明るく、元気に振る舞った。ひとみの瞳は、いつも輝いていた。

私が、ひとみに出会ったのは大学一年の時だった。ひとみは、はしゃいぎ、私も、はしゃいだ。教室、図書館、学食、公園、喫茶店、居酒屋、坂道、私の部屋。ひとみの瞳には、たくさんの風景が焼き付けられ、そこには、いつも私が映ってた。

三年経った今、私とひとみは、喫茶店で向き合って座ってる。
「ごめん。」
私を見つめていたひとみの瞳からテーブルに何かが落ちた。私を映した小さな黒いガラスのような長方形だった。

ひとみが窓に目をやると、ひとみの瞳は、空を映して青くなった。

空が剥がれていった。

青い長方形のガラス片が、教室、図書館、学食、公園、喫茶店、居酒屋、坂道、私の部屋を映しながら、空から舞い落ちてくる、1011 0101 1101 0011 1101 0110 1111 0010。

「ひとみ。」

最初一枚のガラス片が大地に突き刺さった。

(続く)

この作品は、逆噴射小説大賞2019に応募するものです。


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