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玻璃盤(ハリバン)の胎児【第2回逆噴射小説大賞応募作】★ご注意:胎児や生命に関する不快な表現が含まれています。

月のない闇の中、おれは、リアカーを引く。

おれの名は、AKI 。

チリン、チリン、チリン、古びたアパルトマンに挟まれた石畳の上を、鈴を鳴らしながら引き歩く。

リアカーの一番前には、ホルマリンで満たされた茶色の甕を、残りのスペースには、ちょうどメロンが入るほどの円筒形のガラス瓶(玻璃盤)を載せて。

チリン、チリン、チリン、カシャ、カシャ、カシャ。

一棟のアパルトマンから、前掛けで何かを隠した女が飛び出してきた。

「AKI 、お願い。」

女は、滑りのある物体を、差し出した。

「まいどあり。」

おれは、右手で受けとると、すぐさまそれをコートに隠した。

そそくさと立ち去る女を見届けると、リアカーに向きを変え、一本のガラス瓶にその物体を落とし込む。

物体は、底まで落ちて横向きになった。

甕から、柄杓でホルマリンを汲み上げ、瓶に注ぐ。

一杯、二杯、三杯、瓶の口もりきりまで注ぎ、ネジ式の蓋を閉める。

ギシ、ギシ、ギシ。

胎児は、頭が下になるように、ゆっくりと向きを変えた。

目があり、鼻があり、口がある。

手があり、足があり、指がある。

チリン、チリン、チリン、右から、左から、次々、女が飛び出してくる。

「AKI 、お願い。」

呼び止められつつ、通りを進むと、リアカーはガラス瓶の胎児でいっぱいになった。

みんな、頭を下にして、目をつむり、半透明のホルマリンの液に浮いている。

アパルトマンの通りを越えて、丘のいただきにたどり着くと、汗だくになっていた。

「暑い。」

おれは、首から下げたタオルで汗をぬぐい、リアカーを置いた。

誰も見ていないことを確認し、一本のガラス瓶を目の高さまで持ち上げる。

上下逆さにすると、胎児は頭を上にして浮き上がり、うっすらと目を開いた。

「やあ。」

【続く】

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