不登校変化グラフ

結論 不登校はなぜ増えたのか

 不登校とは何か。それを考える上で欠かせないのは、なぜ九十年代後半に不登校が急増したかです。いじめや校内暴力、受験競争、ゆとり教育といった学校特有の問題や変化は九十年代に起きたわけではありません。九十一年に不登校の定義が年間五十日欠席から年間三十日欠席へと変わりましたが、不登校の増加は不登校の枠を広げたせいだけではありません。むしろ定義変更後である九十年代後半に不登校は急増しています。
 実は不登校が急増した九十年代後半は自殺者が急増した時でもありました。自殺者の急増がそうであったように、不登校の急増には不景気による社会不安が影響していると考えられます。九十年代の不景気そのものが悪いというより、雇用などそれまでの社会システムが少しずつ変化していく中で九十年代のバブル崩壊が決定打となって今も社会不安が続いていると考えられます。
 将来ちゃんといけるかが不透明な社会では単に不安が強くなるというだけでなく、学校を卒業することの重要性が増します。それは進学や就職活動、ひいては登校や成績のプレッシャーを上げることでもあります。現在の奨学金問題や就職活動を巡る問題からもそういったものは見ることができます。
 不登校の大きな原因は社会や将来に対する不安であるとすれば、不登校への対策は心理的なケアだけでは不十分です。しかし、九十年代の学校では、不登校定義を広げて深刻さを意識させる不登校の問題化や、スクールカウンセラーの配置等で心の問題として対応しようとする不登校の心化といった対応しかなされませんでした。
 不登校への対策としては、将来に渡って生きていく不安を軽減することが必要となります。不登校や不適応とそうでない線引きをマイルドにするのです。
 社会政策としては、社会保障を一定時間以上働いている人にのみ優遇されているものを全ての人に行き渡らせるように変化すべきです。子育て等の支援を手厚くし、将来への不安を少しでも軽くすることも有効となるでしょう。
 学校の政策も同様の変化が必要です。中学校の現在の成績のつけ方ではある段階を越えると成績がつかなくなり進路等の選択肢が狭まります。どんなに少なくても成績がつくようにし、出席についても今以上に多様な出席を認めることで不登校の不利を軽減する方向へ成績や出席のシステムを変えていくことも有効となるはずです。学校復帰という選択肢も重要ですが、それと同時に学校に行かなくても勉強ができる学習権を保障し、学校に通えなくてもあまり不利になり過ぎないようにする必要があります。
 一見矛盾するように思えるかもしれませんが、個人や家族の心情としても社会システムとしても、不登校でも大丈夫と思えることが不登校問題の改善に何より大事なのです。

 

後書き

 この本はもともと私の十年以上に渡る学校臨床の経験をまとめようとしたものでした。しかし、いくつか気になる点を調べてみていく中で、いくつもの興味深いことが分かってきました。特に、不登校が急増した時と自殺が急増したのが全く同じタイミングだったこと。昔から福祉国家と思われたスウェーデンが日本で不登校が急増したのと同じタイミングで幼児教育の無償化を始めたこと。この二つが分かった時に、この本の方向性はだいぶ固まりました。気がついたら当初書こうとしたものかなり違い、かなり広い視点の話になっていました。
 ただ、そうやって予定と違うものになっていく中でも、こういう風に書きたいと思っていた芯の部分は同じでした。それは三つあります。
 一つは最初にも書きましたが、自分の経験について書いたものでなくても自分が今まで学校現場でやってきたのと同じスタンスで書いていくということです。自分の書いたものが自分の仕事の姿勢と全然離れているということでは今まで関わってきた人達に申し訳が立ちません。
 もう一つは学校というものに対して中立の姿勢で書くということです。不登校について書かれた本はいかに学校に戻すかという学校中心に書かれたものか、フリースクールの運営者等の方が書く学校だけが居場所ではないといったスタンスの本のどちらかが多いように思えます。学校にいる人達は戻ってきてほしいと思いますし、新たな学びの場を開いてる人達は学校が全てじゃないと思うでしょう。変な言い方かもしれないけれど、私はそのどちらの立場も取っていたいと思い、この本を書きました。生徒本人や関わった人達がいい方向に行けばそれでいいのです。どちらが正解ということはありません。  
 そして最後の芯は、東日本大震災による福島第一原発事故から思ったことです。あの事故で一番私が印象に残ったのは原子力の専門家達の姿勢でした。彼らの大半は原子力が危険である可能性についてあたかもないかのようにしていたように見えました。でも、その道の専門家こそがそれについての危険性やマイナスの面について誰よりも厳しく考えていくべきなのです。福島第一原発事故で私は強くそう思いました。
 それを自分のいる心理の世界で考えてみます。カウンセリングに携わっている人間は誰よりもカウンセリングというものに対してどこかで懐疑的な見方をしていなければいけないのではないか。私はこの視点を持って不登校の本を書きたかったのです。
 不登校はひとりひとりの心の問題で、相談事業が主要な改善策。はたしてこれは正しいのだろうか。何か大事なことを見落としていないだろうか。
 そう思って、最も気になったのは昔は少なかった不登校がなぜ九十年代後半に急増したのかという疑問でした。それは学校だけの問題ではなく、社会の大きな変化によって起きたと思われることでした。その対策には心のケアだけでなく、社会的なシステムの変更こそが重要なのです。
 学校や将来を巡る不安に対して、不安を軽減させる方法は心理的ケアだけではありません。不安の根底にあるものを取り除くことも必要なことです。それを十分に行わず、心理的なケアによって不安を軽減させることはあってはならないと私は思います。
 そういった意味で、この本は東日本大震災がなければ書くことができなかった本だと思います。
 
 ここまでおつきあいいただきありがとうございました。

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