不登校変化グラフ

なぜ九十年代に不登校が激増したのか? 不登校の社会論 3

将来ちゃんとやっていけないかもしれない不安とは何か

 不登校の状態にある本人や親御さんの中には、不登校のままでは将来ちゃんとやっていけないのではないかという不安を抱えています。この不安は、本人にも親にも重くのしかかっていて、少しでもこの不安を小さくすることはできないかと現場にいると強く思います。
 ここで、社会の構造としてなぜそのような不安が生じるかを考えていきます。

 かなり極端なところから始めますが、不登校のまま社会に出て仮に働けなくても、基本的人権の尊重が遵守されている日本では生活保護などで生きていくことができます。
 もちろん、生活保護のお世話になるなんてできるだけ避けたいという気持ちは分かります。ただ、この最悪、生活保護などの様々な制度で生きていけるということを心のどこかに置いておくことは大事です。
 そういった最後の頼みの綱の社会保障はさておき、多くの親御さんやご本人はなるべくそういうものに頼らず、一人前の社会人になってほしいと思っていることでしょう。では、一人前に生きていくということはどういうことでしょうか? 漠然とイメージするのは、安定して働けてそれなりの収入があって、できれば結婚して子どもを育てられて。と、こんなイメージでしょうか。
 さて、では、どうすればそんな風になれるでしょうか。実はこの答えは非常に難しいのです。例えば、順調に高校、大学と進学しても、就職した先がブラック企業で倒れてしまったら、そこからさっきの安定ルードに戻るのはかなり難しくなります。就活や最初に入った職場でうまくいかなかったらどうなるか。挽回できないことはありませんが、今の日本では就職以降のつまづきによって安定ルートの維持は難しくなります。非正規が増えて非正規正規の収入の差が大きい現在では、安定ルートの維持は非常に難しいのです。

奨学金問題から見える進学プレッシャー

 こう書いていくと、学校をちゃんと出ることと将来の安定した生活にはあまり関係がないように思えますが、実際は逆です。
 これにはちょっと説明が必要でしょう。ちょうど今の大学の奨学金問題がこの事態をうまく説明してくれます。
 今の社会は学歴の重要性が以前より上がっているのです。貧困や格差が増えるなどして、社会に出た時に差が出るようになると、少しでも上の学校を出た方が基本的に有利になります。確かに大学を出たからといって安定したそれなりに給料のもらえる仕事に就けるとは限りません。でも、その可能性は上がります。なので、奨学金を借りてでも大学に行こうとする人が多いのです。高卒でもかなりの確率でそれなりに食うには困らないという昔とはそこが大きく違います。


 大学を出たからといって安定とは限らないのですが、しかし、それでも多くの人は少しでも上の学校を目指します。そのプレッシャーは安定した生活と不安定な生活の差がどれくらいの大きさかということと、不安定な状態でもどれくらいのクオリティの生活ができるかということに関係します。今の日本ではこの二つはどちらも厳しいものになっており、進学のプレッシャーはとても強くなっていると考えられます。

就活地獄に見るバブル崩壊後の不安の正体

 この安定した生活ができる為の仕事について、就活を軸にもう少し考えていきます。
 就職活動、いわゆる就活が大変だとよく言われています。なかなか就職が決まらず自殺した若者が出たことは大きく報道されました。しかし、一方で実は若者の失業率は決して高くはありません。九十年代後半の就職氷河期は確かにありましたが、現在は就職率はかなりよくなっています。
 新卒で就職できないと終わりだという声もよく聞かれますが、これは厳密には正しくありません。現在では多くの企業が新卒数年後も新卒と同等に応募ができるようになっています(採用については疑問符がつくかもしれませんが)。それに中小企業では新卒以外の採用は珍しくありません。
 就職率は悪くないのに、現在の就活生がなぜあれほど就活に失敗すると絶望するのか。それは仕事に就くのは難しくなくても、安定した生活をしていける仕事に就くのが難しいからです。
 今の日本では二つの安定した生活を阻む壁があります。
 一つは正規と非正規の間の壁です。主婦のパートとしては働きやすい非正規雇用ですが、それだけで安定して生きていくことはかなり難しいものです。年収二百万ではとりあえずの生活はできても、結婚して子どもも育てていってと将来に渡って安定した生活をしていくことは難しいのです。現在は昔に比べて非正規雇用が大量に増えました。あらゆる職場に非正規雇用の人がいます。
 では正規なら安心かというとそうではありません。もう一つの壁は大企業と中小企業の壁です。就職率などではどんな会社に入っても就職したことになります。しかし大企業と中小企業では生涯収入で差があります。さらに大企業と中小企業ではもっと決定的な違いがあります。それは離職率です。大企業と中小企業では実は離職率が大幅に違います。中小企業は倒産の可能性も高く、ずっとそこで働けない可能性が高いわけです。正規雇用で安定して長く働けることによって、年数と共に少しずつ給与が上がっていく人生のモデルが日本ではあったわけですが、こういった人生を送れる人は近年は実はそんなに多くないのです。


 中小企業に入ると大企業より生涯収入が低くなるというだけでなく、安定した収入がどこかで途絶える可能性も高くなります。もちろん、転職した先でも高い収入を維持できる人もいるでしょう。しかし、非正規が増えてきた現在の日本ではここが昔と違うところです。バブル崩壊前は、仕事を失ってもある程度の収入を得られる転職が今より容易でした。
 景気がいい状態が長く続いていれば安定した生活をできる人が多く、そうでない人もそれなりにお金を稼ぐことができます。八十年代までの日本は今よりずっとこの状態に近かったと言えるでしょう。景気が良ければ就職も楽だし、仮に途中で辞めてしまってもそれなりに収入がある仕事にもつきやすかった。そんな時代があったわけです。
 しかしそれは九十年代後半を境に少しずつ変わっていきました。普通に働いて結婚して一生を送っていく。そういう生き方がみんなができないわけではないですが、その生活ができない人も増え、当たり前のものではなくなってしまっています。
 おそらくこれは単に不景気が来たからという問題ではなく、長いスパンの中で雇用等の状況が変わってきたからのようです。非正規雇用が増えたのは単に不景気だからというだけでなく、いわゆる新自由主義、日本でいうとゼロ年代以降の構造改革等があったことも大きいでしょう。世界中で起こりつつあった変革がバブル崩壊という不景気によって加速したと考える方が合っているかもしれません。

 現在の奨学金問題と就活問題から見えるように、ちゃんと生活できるかという不安が増すと、よりいい学校に行く必要性が上がります。一方で、学校を出さえすれば安心というわけでもないのです。実際に多くの子ども達がそう考えてるとは言い切れませんが、高校進学という人生の転機をひかえた多くの中学生達がどこかでこの不安とプレッシャーが混ざったものを抱えて生きているのではないかと私は考えています。

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