ドラえもんはどの世代向けのコンテンツか?

初めての映画館でのドラえもん

ふと心臓に負担が少なく爽やかな感動が得たいと思い、かつて映画館で観たことがなかった劇場版ドラえもんを観ることにした。2019年の劇場版ドラえもんはドラえもんのび太の月面探査記である。公式サイトを開くとのっけから映画の紹介動画が流れるが、ゲストキャラの重大な秘密を惜しげもなく披露していたりするので本編を観る前に紹介動画を観ると映画館での楽しみが減るかもしれない。

私とドラえもん

さて私は劇場版ドラえもんの映画を観るのは今回初めてであり、わさドラに変わってからはテレビアニメ版もほとんど観たことがない。熱心なドラえもんのファンではない私の、ドラえもんに関するプロフィールを以下に記す。
・1980年代にコロコロコミックや小学館の学習雑誌(小学○年生)で藤子・F・不二雄原作の漫画版ドラえもんを読んだ。当時の私は小学生で、雑誌に連載されていた作品をリアルタイムで読んでいた。
・上記と同時期に大長編ドラえもんのうち「のび太の大魔境」「のび太の海底鬼岩城」「のび太の宇宙小戦争」を単行本で読んだ。

・テレビアニメ版は1990年台までテレビ朝日系で放映されたものを観た。当時は毎週金曜日19:00~19:30と、パオパオチャンネルというバラエティ番組内で毎週月曜日18:50~19:00に放映されていた。今の子どもたちは知らないかもしれないけれど、20世紀にはドラえもんが10分枠で放映されていた時代があったのだ。

劇場版ドラえもんのテンプレート

さて映画館で毎年放映されている劇場版ドラえもん(大長編ドラえもん)はどの作品も、物語の雛形(テンプレート)が決まっている。劇場版ドラえもんのテンプレートは以下の通りであり、2019年のドラえもんのび太の月面探査記もこのテンプレートに則っている。
・主役キャラクターはドラえもん、のび太、しずか、ジャイアン、スネ夫である。この5名に各物語のゲストキャラクター(味方、敵)が絡んだ物語が描かれる。
・物語は、のび太がドラえもんのひみつ道具を使って未知の世界を探検するところから始まる。
・上記と並行してゲストキャラクター(味方)が主役キャラクターのところに現れる。ゲストキャラクター(味方)は主役キャラクター5名と友達になる。ゲストキャラクター(味方)は上記の「のび太が探検した未知の世界」に関わる重大な秘密を握っている。
・主役キャラクター5名とゲストキャラクター(味方)の仲が親密になる頃にゲストキャラクター(敵)が物語に登場する。ただし登場時は主役キャラクター5名とゲストキャラクター(味方)がいる場所とは別の「悪の秘密基地」にあたる場所で登場する。
・ゲストキャラクター(敵)は「のび太が探検した未知の世界」の侵略や破壊を目的としており、子どもの視聴者を含め誰の目にも明らかな「同情の余地なく倒すべきラスボス」として描かれる。侵略や破壊にあたりゲストキャラクター(味方)が重大な鍵を握っており、ゲストキャラクター(敵)はゲストキャラクター(味方)を付け狙う。
・ゲストキャラクター(敵)は登場時は正体が明かされないが、実はロボットなどの非生物であることが多い。これはドラえもんの世界観として血や死の描写を避けるための配慮(倒されるときに爆発はしても血は出ない)と思われる。
・物語の舞台が主役キャラクター5名が住む街から「のび太が探検した未知の世界」に移り、主役キャラクター5名とゲストキャラクター(味方)はゲストキャラクター(敵)に襲われる。その際に主役キャラクターのうちの数名またはゲストキャラクター(味方)が囚われの身になる。なんとか逃げおおせたキャラクターは体制を立て直し、「友達だから」という理由で覚悟を決めて囚われたキャラクターを助けに出発する。このあたりでジャイアンは暴力の権化から友情に厚い兄貴分に変貌する。さらにこのあたりで主役キャラクターがひみつ道具を偶然落としたり、誰かにひみつ道具を預けたりして、それが後々の伏線となる。
・主役キャラクター5名とゲストキャラクター(味方)は「悪の秘密基地」に乗り込み、ひみつ道具を駆使して囚われたキャラクターの救出に成功する。しかし正体を明かしたゲストキャラクター(敵)に圧倒的に打ちのめされ、「悪の秘密基地」に乗り込んだキャラクター全員が窮地に立たされる。ここで前述の伏線が状況を打破する決定打となり、遂にはゲストキャラクター(敵)を倒すことに成功する。
・「のび太が探検した未知の世界」は平和を取り戻し、主役キャラクター5名はゲストキャラクター(味方)と笑顔で別れ、主役キャラクター5名は住む街に帰って物語はハッピーエンドを迎える。

ドラえもんのび太の月面探査記、児童は理解できるのか?

2019/03/25にTOHOシネマズ仙台でドラえもんのび太の月面探査記を観た。ここからは本作の感想である。事前に「本作の脚本は直木賞作家の辻村深月が担当」ということを知った上で映画を視聴した。

エンドロールを最後まで観て最初に思い浮かんだことは、「一般向けの小説家が児童向けの映像の罠にはまってしまったな」ということだった。

小説と映像はどちらも物語を形作る形態なのだが、両者には決定的な違いがある。小説は1つの文を理解できるまで読者のペースで何度も繰り返し読み直すことができ、意味を知らない単語があったら読者のペースで辞書を引いて意味を知ることができる。対して映像は1つの文を声優(キャスト)が1回だけしゃべり、そのペースはキャストや映画監督が握っている。視聴者が「あれっ、このセリフはどういう意味だろう」と立ち止まっても物語は視聴者を置いてけぼりにして進んでいく。そのため視聴者が聞き慣れない単語は使うべきでない。視聴者が「この単語はどういう意味?」とキョトンとした途端に、後続の物語が頭に入ってこなくなるのである。児童向け作品であれば物語に使える単語はさらに限定される。大人が意味を知っている単語を児童は知らないのである。

もしあなたがこれから本作を劇場で観ようと思っていて、劇場が字幕あり・なしを選べる施設であれば、本作は字幕ありで観ることを強く推奨する。本作は冒頭から「イセツ」「テイセツ」「テンドウセツ」「チドウセツ」「ソウゾウリョク」という単語が頻繁に出てくるが、これを字幕なしの音声のみで瞬時に「異説」「定説」「天動説」「地動説」「想像力」と解釈して物語を瞬時に理解するのは大人でも困難な極めて高度なスキルを要する。

そしてこの「異説」「定説」「天動説」「地動説」「想像力」という単語、児童に意味がわかるだろうか?
・まず、この単語で使われている漢字を学校で習うのは何年生?小学校で習う漢字だろうか。
・「天動説」「地動説」は何歳くらいに何の授業で触れる?おそらく小学校の授業では出てこないのでは。中学校の理科か、社会の世界史?もしくは中学校でも教えず高校で初めて扱う内容?
・「想像」とはどのような行為か小学生は理解できるだろうか?私が小学生の頃は、頭を使う行為は「考える」「思う」という単語しか使ってなかった気がする。「想像する」「思い描く」という表現が理解できるのは中学生以上ではなかろうか。

映画に限らず、児童向け作品をつくる際は物語に使われるすべての単語が、児童が理解できるものになっているかのチェックが不可欠である。教科書の出版社や学習指導要領の有識者がブレーンとして参加して「この漢字は学校で教えないのでNG、この単語は小学校低学年では教えないのでNG」といった具合で推敲して、ようやく児童がすんなり物語の世界に入れる作品に仕上がるのだが、本作ではそのあたりは省いたのでは、という感想である。

そしてもうひとつ、罠にはまってしまったなと思えた描写があった。本作ではドラえもんが敵と相対したときに、「想像力」というキーワードを使って主義主張を敵に叫ぶシーンが出てくる。久しぶりにドラえもんを観た私は驚いた。最近のドラえもんは言葉を武器にして敵と論戦するの?私が知っていた大長編ドラえもんでは味方には言葉でコミュニケーションを図ることはあっても、敵に対しては「あの大悪党は絶対許せねぇ、話し合ってもわかりあえることなんてねぇ、自慢のひみつ道具で問答無用でぶっ潰してやる」というスタンスだと思っていた。そしてそういうスタンスじゃないと児童は物語を障害なく楽しめないはずなのだ、なぜなら児童(主に小学生以下)は、「議論する」とか「筋が通っている意見を主張している側が正しい」とかいうものについて自分ごととして接する経験が乏しく、それらを理解できるレベルまで脳が発達していないからだ。

ドラえもんはどの世代向けのコンテンツか?

さて、ここまで「一般向けの小説家が児童向けの映像の罠にはまってしまったな」という感想を述べてきたが、ふと疑問が湧いた。

そもそも「ドラえもんは児童向け作品である」という前提は正しいのか?

原作やテレビアニメ版の絵柄やストーリーは確かに児童向けではある。しかし原作者の藤子・F・不二雄がコロコロコミックや小学館の学習雑誌にドラえもんを連載していたのは20世紀後半であり、連載終了から30年近く経過している。今の40歳前後が児童の頃に体験できた「ドラえもんの連載をリアルタイムで読むことで得られるわくわくどきどき感、高揚感、熱」を、今の児童は体験できない。

そしてドラえもんのび太の月面探査記は、ドラえもんの連載をリアルタイムで読んでいた世代であれば、字幕を参考にしつつ物語を障害なく理解できる。それだけの語彙と知識(一般教養や、ドラえもんの作品に関する基礎知識)が備わっている。

実はドラえもんは今の40歳前後をターゲットにした作品ではないか。この前提に立つと、すべての疑問が晴れて、しっくりくるのである。

さて、この記事を最後まで読んでくれたあなたに感謝したい。そして最後にあなたに宿題をひとつ。

あなたは、ドラえもんはどの世代向けのコンテンツだと思いますか?

追伸:私が達成したかった心臓に負担が少なく爽やかな感動が得たいという願望は、まさにその通り叶えられた。素晴らしい作品を作り上げた方々に感謝したい。

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