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2020/07/21『願いがかなうぐつぐつカクテル』@新国立劇場 小劇場

実に4か月以上振りに劇場に赴きました。次に観るお芝居のチケットが常にお財布の中に入っていないと精神が安定しない私にとっては長い我慢の期間でした。

とはいえ今もなお油断できない状態ではあります(むしろ今の方が感染者の数は増えている…)。そんな中での公演、様々な対策が取られていました。

来場者カードに個人情報を記入して入場し、チケットも自分でもぎる。座席は当然間隔を空けての使用。キャストは透明のマウスシールドを着用して演じる。

こういった対策を徹底できていなかった公演で「劇場クラスター」とかいう不穏な言葉も出てきてしまった今、ここまでしても不安がゼロではないことは事実。いつも以上にピリリとした雰囲気の劇場でした。

それに反して、楽しく可愛く、それでいて少し毒っぽいこの『願いがかなうぐつぐつカクテル』という作品。ドイツの児童文学作家ミヒャエル・エンデの戯曲が原作で、子どもも大人も楽しめる、風刺の利いたファンタジーです。

ほんとに誇張ではなくお芝居が始まった瞬間泣いてしまいました。

というのも、最初っから紙吹雪が降ってくるんです。

自粛期間中も、配信や過去映像を観てはいたものの、ずっと生の演劇に飢えていた。やっとその状態が緩和されて、これから劇場での時間が始まる…と既に感動も一入なのに、その上に紙吹雪って…!

これは映像じゃ絶対に味わえないものです。だって本当に自分の頭上から紙吹雪がひらひらと落ちてくるんですよ。子どもが主役で楽しめる作品なので、子どもの興味を引く工夫のひとつではあるのだろうけれど、大人だってこんなの嬉しいに決まってる。今、ここにいないと味わえないことってこういうことなんだよ…!と感極まりました。

さて、それはそうと、大まかなあらすじを紹介しておきます。以下、公式サイトからの引用です。

大晦日の夜、枢密魔法顧問官のイルヴィッツァーの心はざわついていた。悪魔と契約したノルマを履行できていなかったからだ。大晦日が過ぎるまでに契約を果たせなければ、イルヴィッツァー自身が差し押さえになってしまう。
そこへ、魔女ティラニアは、なんでも願いがかなう魔法のカクテルを作るレシピが書かれた巻物を手に入れるために、イルヴィッツァーを訪問する。二人のやりとりを盗み聞きした猫のマウリツィオとカラスのヤコブは何とか彼らの野望を阻止しようとするのだが......。

わくわくドキドキするような言葉の宝庫のような物語です。

悪魔と契約して期限が設けられてるって、ファウストっぽい…と思うのはファウストに毒され過ぎ?でも作者のミヒャエル・エンデもドイツの人だから、こういう寓話が体に染みついているんじゃないかと思う。

劇場に入って舞台上にすぐに見えるのは、書き割りのセット。イルヴィッツァー博士の研究室とその後ろには巨大な時計の文字盤のようなフレーム。

下の動画で実際の舞台装置が見られるので、是非観てみてください。作品を観ていない人もどんな舞台だったのか想像できるし、観た人は思い返して更に楽しめる!

私がこの作品を観に行こうと思ったのは、小山ゆうなさんの演出だということと、北村有起哉さんとあめくみちこさんが出演されるということで、絶対に安定感のあるハイクオリティなものが観られると思ったから。

小山ゆうなさん演出には、『チック』で一目惚れ。簡単な観劇レポート書きましたので併せてご覧いただければ幸い。

思った通り、小山さんの可愛さと鋭さのある演出と、実力派俳優陣のコミカルで伸び伸びとした演技は言うことなしだったのに加えて、私が感激したのは、目を引くビジュアルです。

先に書いた舞台セットはもちろん、衣装やメイクが本当に可愛い。まるで作品そのものがおもちゃ箱のように、目を楽しませてくれるものが散りばめられている。

実際の衣装は上のツイートや公式の舞台写真の通り。

どのキャラクターも、ちょっと奇妙で本当に可愛い!

こういう、見た目をはじめ象徴的な諸要素に逐一反応してくれる子どもたちのコメントと笑い声に思わずこちらも笑みが零れます。

しかし、この可愛さに反して、物語の内容は笑っていられないような内容も孕んでいます。

先に「風刺が効い」ていると書きましたが、イルヴィッツァーは悪魔と契約したため、環境汚染や動物の絶滅などの悪事を働かなくてはなりません。契約のためにあくせくとそのような誰の得にもならないことをしているイルヴィッツァーの姿は滑稽であるとともに、人間の活動の裏にある環境への悪影響を強く意識させられます。

また、猫のマウリツィオとカラスのヤコブの奮闘により、イルヴィッツァーと魔女ティラニアのカクテルの悪い作用が打ち消されるも、世の中の人は誰も二人のおかげで世界が大変なことにならないで済んだということを知りません。これも風刺的だなとも思いました。私たちの生活が滞りなく進むのって、実は見えないところで色々なひとが何かしら働いているからなんですよね。そういうことを改めて考えさせられました。

最終的に、イルヴィッツァーとティラニアは「さしおさえ」となり勧善懲悪。「終わり良ければ全て良し」とめでたしめでたしになったようではありますが、彼らに救済はなく、それこそが契約の厳しさ。一気に現実を味わわされます。

ポップな見た目の裏にはたくさんのメッセージがあって、単純に楽しむだけではなく考えさせられる内容でした。そんな風刺や皮肉を知ってか知らずかは分かりませんが、喜んでいる子どもの顔が見えて本当に嬉しかったです。休憩中に1幕の感想を語り合う親子や、上演後に子どもが「面白かった!」と言っているのを見ると、私は単なる観客の一人という立場であるにも拘わらず、作品の内容に加えてお土産をもらった気分になりました。

コロナ関連で色々と問題が出ていて業界全体が批判されることもありますが、こういう瞬間に出会うと、演劇に力はあると本気で思えます。

私にとって生きる糧である演劇が消えませんようにと願いながら、こういうものを書いてもう一度感動を噛み締めています。この記事も誰かの舞台の記憶を呼び起こすものになればいいなと思います。


植村恒一郎さんのブログに劇評が載っていました。大変面白く読ませていただいたのでリンクを以下に貼っておきますね。


〈LINKS〉
【いとうゆうかが演劇と日常を呟くTwitter】
https://twitter.com/choco_galU
【演劇ソムリエのYouTubeチャンネル】https://www.youtube.com/channel/UC8gPO2nquR3EwSMqK62WE8w



おまけ

有起哉さんの小ネタに関して。2.5次元ネタめちゃくちゃ面白かったです…。あとは首相の喋り物真似。結構似てるんですよねこれが。これも現代社会に対するアイロニーというか、批判も込めたメッセージだと思いました、私は。

こういう、子どもはわからないであろうネタをところどころに置いてあるのも良い。同じものをみても、大人は大人の、子どもは子どもの楽しみ方がある訳ですから。立場が変われば見えるものも変わる。だからこそ、色んな人が同じ空間で同じ物を観ていることが面白いわけですよね。

早く本当の演劇が帰ってきてほしい。空間を共にすることをいつまでも恐れていたくない。

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