【エッセイ】「今を謳歌する橋」

クヨクヨした時、訪れたくなる場所がある。

この橋もそのひとつ―—


私は二〇一〇年代はじめに東ベルリンに住んでいた。街の中心を流れるシュプレー川にかかる橋「オーバーバウム橋」。すぐ近くにはベルリンの壁「イースト・サイド・ギャラリー」があり、付近は常に観光客が絶えない。


レンガ造りの赤く荘厳なゴシック調の佇まいは、いかにも古き良き欧州。過去に幾度も修復を繰り返しながら、今も現役だ。

この橋は一度、死んだも同然だった。

第一次世界大戦前の一八九五年。急増する都市交通を支えるために建築され、そこには歩行者用や車両用の道のみならず、ベルリン初の地下鉄も敷かれた。まさに首都の発展のシンボルだった。

しかし、二度の大戦を経験し、街は東西に分裂。川が国境となったため、冷戦終結までの約四十五年間、その橋は人の往来が禁じられた。何か想いを持って越えようとし、警備隊に射殺された人もいたそうだ。

一九九〇年のドイツ統一後、その橋は息吹を取り戻した。そして今日に至るまで様々な人を繋ぎ、その行き来を見守ってきた。

社会に衝撃を与えたあのニュースから既に三〇年近く経ち、「壁前の世界」が風化し始めている。それでも私は「東」の置き土産をまだ街のあちこちに発見できた。歩いて橋の中腹まで行くと、下流に共産時代のテレビ塔が、上流には金融企業の高層ビルが眺められる。そのコントラストが好きだった。


生きることとは悩むこと。それでも、ここに来ればたいていのことはどうでもよくなる。
あれから世界は資本主義に飲み込まれてしまったけれど、それが本当に正解だったのかなんて、誰にもわからない。


「さあ、今日はどちらへ行こうか」


右岸へも左岸へも、誰にも邪魔されず自分の意志で向かっていける。そんな橋の上に立っているだけで、私は今、十分幸せなのかもしれない。

クスっと笑えたら100円!(笑)そんなおみくじみたいな言霊を発信していけたらと思っています。サポートいつでもお待ちしております。