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掌・短編集【高埜 夕】

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1記事のみの掌編・短編を集めたマガジンです。 雰囲気を知りたい方は、まずはこちらからご覧いただければと思います。 スキの多い順に並べてありますので、ご参考までに。 TOP記事に… もっと読む
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作品List【短編・掌編】 from高埜夕

※マガジントップ用の記事です※ ご訪問ありがとうございます。高埜です。 1記事で完結する短いお話の、ジャンル/文字数/あらすじ等をご紹介させていただきます。 ご興味あるものありますれば、ぜひのぞいてみてくださいませ。 *【掌編】つぎは、きみ恋愛?/闇病み/約1000文字。ダークモード全開です。 ――僕がすべてを支配してあげる。 *【短編】恋するカメラはなみだをながす 初恋/擬人化/約1万文字。防犯カメラが恋をして失恋するまでのお話。ぼくの恋はみのらない、いつまでも散ら

おばあちゃんの蜜柑

 冬になると、私の家族は口をそろえて、こたつに入って蜜柑を食べることがしあわせだと言う。  けれど私にとっては、それだけではしあわせがちょっと足りない。  テーブルの上のお盆に積まれた、蜜柑のちいさなピラミッド。その中から当たりを見つけて、初めて、ほんわかとしたしあわせな気持ちになれるのだ。  まず、お父さんが上からひとつ取って、お母さんがその下のひとつを取る。弟が、連なるオレンジ色を指先で揉んだりしながら外側のひとつを選んだあと、私が、そっぽを向いたまま適当に、指に触

【掌編】つぎは、きみ。

 本当に大切なひとだった。  陳腐なセリフになるけれど、彼女のためなら死んでもいいと、僕は本気でそう思っていた。  若かったせいもあるのかもしれない。  彼女のすべてが、僕の世界のすべてだった。  ――あの日までは。  彼女――まりが僕の前から消えてしまったあの日から、今日でびったり15年。  新しい家族で過ごす、5回目のクリスマス。  『おかあさん』が予約したケーキを受け取りに行くというので、僕はサッカーボールを持って一緒に家を出てきた。が、店には入らず、洋菓子店の

佐藤さんの記録

 「佐藤さん」という呼び名は、私がつけた。  ある日突然現れた彼女と、言葉を交わしたことはまだ一度もない。  誰、どうしてここにいるの、どこから来たの。何度聞いても、何を聞いても、佐藤さんは何事にも無関心といったふうな顔をして、いつも私の横に張りついている。  佐藤さんが私にしか見えないらしいことは、なんとなく分かっていた。  私のまわりの人たちは佐藤さんを空気のように扱うし、佐藤さんに目を向けることもない。もしかすると、「佐藤さん」という存在をそういうふうに扱う決ま

【短編】恋するカメラはなみだをながす

 ぼくはたぶん、恋をしている。  恋がどんなものなのか、「恋の定義」がどんなふうなのか、ぼくにはさっぱりわからなかったし、そういうのは人間だけにゆるされた特別なものだとも思っていたから、はじめて彼にそう言われたとき、ぼくはとにかく驚いた。  玄関の軒下で、見張りという大事な役目をまかされているにもかかわらず、真夜中だったにもかかわらず、暗視モードを解除するというばかみたいな誤作動を起こしたくらい、びっくりした。  だって、ぼくみたいな無機物が恋なんて。  そんな変なこと

【掌編】いとしいひと。

 ひどいケンカをした。  きっかけはほんのささいなこと。彼が、裏返ったくつしたをそのまま洗濯カゴに入れたっていう、それだけのこと。  なのに、私も彼もいつのまにか怒鳴りあってて、私はわあわあ泣いてわめいて、彼はがあがあだちょうみたいな声で怒った。  仲直りなんてものもなく、ひとつのベッドに別々に入って、背中を向けあった。  こんなとき、寝る場所がひとつしかないことをいまいましく思う。  でも、ベッドじゃないところ、たとえばリビングのソファーとか、車の中とか、そんなと

【短編】ふゆのてがみ

 四つの季節がめぐるとある国の、とある町の入り口に、小さな女の子が立っています。  しんしん降る雪をあたまにかむり、白い息をはきだして、かじかむ指をこすりあわせ、うつむいてぼんやりしたり、つもった雪でゆきうさぎを作ってみたり、そうかとおもうと急につまさき立ちになって、ちいさな首をいっしょうけんめいにのばしのばし、雪のぼうしをかぶった森の向こうを見ようと躍起になってみたりしながら、日がのぼってから暮れるまで、ずうっと、ずうっと、そこに立っているのです。毎日、毎日、そこに立

【短編】眠らぬ幽の夜(よ)

 文字が怖い――。  そう言い遺して、去年の秋、友人が死んだ。自殺だった。  死んだ人間が夢枕に立つというのは、まあ、聞く話ではある。が、奴は墓の傍に立っていた。墓石の前に大股開いてしゃがんでいた俺を、腕組みをして、冷ややかに見下ろしていた。  雪の降る夜。  四度目の、月命日。  奴は言った。 「君達があまりに執着するから、僕は此処から離れられない」  不貞腐れた顔。口は動いているのに声はどこか違う場所から聞こえてくる。もやしみたいな色の皮膚が、雪の所為なのか、

【短編】紅をひかれる

 樺乃子(かのこ)さんに会いにいく。  くちびるに、紅をひいて。  口紅を塗ることを、紅をひく、と表現するのだと以前なにかで読んだことがある。きれいな言葉だと、わたしは思った。  電車ではいろんな人にじろじろ見られた。平日の昼間。十四歳のわたしが私服でふらふらしているのを変に思う人もいるのだろうし、そのわたしのくちびるが色づいているのを奇妙に思う人も多いのだろう。  樺乃子さんの新しい家は、郊外の、時代を少し遡ったような小さなアパートの二階にあった。一緒に暮らしていたと

【短編】さなぎは沈んで夢に孵る

 夏の朝日はざんこくだ。  やさしい夢を、消してしまう。  目をさます。くるまっていたふとんをのけて、起きあがる。体中がいたい。さむい。枕元にほうりだしてあったリモコンを取り、クーラーをとめる。20℃の温度設定は変えないまま、枕元にぽいと戻す。はおっていたちょっと大きめの、薄灰色のパーカーを脱いだ。しめきっていたカーテンを開けた。窓を開けた。ベランダ側のカーテンも開け、硝子戸も開ける。  明るく照らしだされた室内をぐるりと一周見まわして、キッチンをのぞく。せまっくるしいユ