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窓の外の話

私は窓の外を眺めている。

秋晴れで、清々しい日だった。開け放った窓からはうっすらと冷えた空気が吹き込んでくる。その窓辺で、私は外をじっと眺めていた。
正確には、その向こうの何かを。

窓の外の空は、水色の絵の具でべったりと塗った画用紙に白い雲型のスタンプを連ねた様な、模範的な空だった。子ども部屋の壁紙に、掛け布団のシーツに、あるいは少女のスケッチブックに、何千何百回も描かれてきたであろう空。
冒険が始まりそうな。

幼い頃に読んでいた、竜の話を思い出す。勇気ある少年が竜を助けて2人で旅をする話。大好きで、何度も繰り返し読んだのを覚えている。この本に夢中になっていた頃は、よく真似をして冒険に出かけていた。リュックに水筒とピーナッツサンド、ロープや懐中電灯を詰め込んで。

空をじっと見つめる。浮かぶ白い雲の隙間を、大きな大きな目玉が通り過ぎた。よく見ようと窓から身を乗り出すと、やがて雲の後ろから、その持ち主が姿を現した。

そらとぶくじらだ。

くじらが、入道雲のような厚く大きな体で風の間をゆっくりと進んでいく。その体は幽霊のように薄く透けていて、表面は太陽の光を受けて淡く虹色に光っている。
くじらは鈍色の瞳をもう一度こちらに向けた。まるで深海のような深い色で、化石のように鈍っているようで、でも目の奥の光は穏やかに燃えている。その眼差しは賢く、繊細で私はじっとくじらを見つめ返す。大きく古く、そして偉大ななにかを受け取るように。
くじらが目を逸らし、前へ前へと進んでいく。今度は止まらずに、流れるように前へと。やがて私の家は、くじらが作る影に覆われて海の底のような色になる。

くじらが尾を揺らめかせて過ぎ去った後、空はまた賑やかになる。

小さな魚が群を成して空を泳ぎ回り、爬虫類にも似た古代の生き物が屋根の上をのそのそと動き回る。くるりと楽しそうに宙返りをしたのは、子供の頃に夢中になったあの本の竜だ。

大人になり、私は冒険に出かけなくなった。でもその代わり、時折空を見上げるんだ。空想の中では、そらとぶくじらも、未知の生き物も、あの竜も見つけることができるから。
そんな話を大袈裟に語る私に小学校からの友人は言った。
「変わらないね」と。
私はそれを、誇らしく思う。


今日もまた、空のどこかに竜の姿をを探している。

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