ゆるゆると続く地獄の中で
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ゆるゆると続く地獄の中で

相馬 光

 バタバタとしていた。
 バタバタ、よりもジタバタに近い。
 正直ジタバタしてない日なんてないのだけど、この1ヶ月くらいは特にジタバタしていた。
 ジタバタでちょっとボロボロになり、暑さのせいもあってか、少し身体がバテてしまった。
 それで今はちょっとだけペースを落として休み休み文字を書いている。
 バテる度によぼよぼと寝転びながら、人それぞれに地獄があるのだなぁ、とぼんやり考えていた。
 人と対話して、すれ違ってを繰り返す中で、目の前に見える地獄は逃げ水のようにゆらゆらと揺れる。
 私は私の地獄で今日も叫びにもならない声をあげる。
 届くんだか届かないんだかはわからない。きっとほとんど届いていない。
 でもたまに、ごくたまにその声が届く時がある。
 正直自分の地獄で精一杯だから、人様の地獄まで覗きには行けないと思って、この数年、人と深く関わることなく生きてきた。
 それでもごくたまに、私の声が届いたり、逆に人様からの声を受け取ったり、それを繰り返して何か得難い時間を経験した時に、また人と関わろうかな、と思えたりもする。
 だけど、そんなのはお構いなしに、全く思いも寄らない方向から、積んできた石を蹴り倒されるような、棍棒でぶん殴られるような目に遭うと、やはり私は人と関わらない方がいい、関わるべきではないのかもな、と思い、また布団にだらりと寝転んで、ただじっとしてしまうのだ。
 ゆるゆると続く地獄の中で、ほんの少しでもマシな1日、いやましな瞬間を求めて日々を生きている。

👹

 日記はしばらく休んでいたが、文字を書くということは絶えずしていた。
 むしろ日記を更新しなかった間、ずっと友人とメールで文通をしていた。
 前にほぼ毎日3000文字以上のLINEをしていた、と書いたがそれがメールに移行したのだ。
 お互いの生活パターンが真逆なので、地球の裏側からメールが届くような楽しさがある。
 表に出そうが出すまいが、私は書き続けている。
 そしてここで受け取る言葉、私が書く言葉は今とても必要なもので、どうしてこんな素敵な体験をできているのだろうか、とふとやり取りを見返して驚くことがある。
 まことに言葉を交わし辛い日々が1年以上続いているが、その中でもこんなことが起こったりするのだからこの地獄というのはとても気まぐれなものなのだな、と思ったりする。

📪 

 俳優の平野鈴氏と朗読劇を作っているのだが、それを朗読劇ではなく、連続ドラマにしようということになった。
 演者は平野氏ひとり。音声のみの朗読の形式ではあるが、ちゃんとドラマにしたいと思っている。
 先に2本書いて送っていたのだが、追加で新たな脚本を書いている。
 2本を読み返して、「これ、繋がっているな」とふと思い、さらに新たな物語も書いても良いかお願いしたところ、快諾していただき、続きを書けることになった。
 新たに2本書いたのだが、書き終えた時に今まで体験したこのない感情や感覚になった。
 なんだか、今まで培ってきたものを全部捨てられそうな、自分の剥き身というか、だけど自分のものじゃないみたいな、書いたというよりも何かによって書かされたに近い感じがした。
 文を書いていると不思議な感覚になることがごくたまにあって、今回は書いたもの全てでそれぞれ別の感覚になる。
 早く聞いてもらいたいな。
 形にできるよう、やるべきことをやる。

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相馬 光

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ニャーン(訳:ありがとう)
相馬 光
文芸やってます。