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わかってもらえるさ

 「#私の勝負曲」、というよりは、負けた時や負けそうな時に聞く曲がある。
 
 自分にとってのGODを挙げるとすれば、私は真っ先に忌野清志郎を挙げる。
 居間の天井近くに切り抜きを貼り、神棚のようにしている。
 
 清志郎のライブを見たのは高校生の時だった。
 代々木公園でフリーライブをするというのを友人から教えてもらったのだ。
 CDでしか聞いたことなかった清志郎を生で見られると知り、喜び勇んで行った記憶がある。

 当時のお小遣いじゃライブどころか新譜も買えなかった。
 だからフリーライブなんて、願ったり叶ったりだった。

 ライブ会場に着いた時にはすでに超満員になっており、そこで清志郎ファンの熱気を目の当たりにしてガチガチに緊張した。
 登場曲が流れ、マントに包まれた清志郎が現れる。
 そしてマントをバサッと脱ぎ、歌い始める。

忌野清志郎『Rock Me Baby』

 本物だ。本物の清志郎がいる。
 歌が終わると、清志郎は「暑いぜベイベー」といつもの調子で喋っている。
 その「いつも」を生で見られるなんて。

 今、清志郎が目の前で動いているという事実に頭が追いつかなくてクラクラした。
 一方の清志郎はファンからかなりの大きさの花束を投げられ、それを受け取って歌っていた。
 『トランジスタ・ラジオ』が流れた時には大合唱になっていた。

RCサクセション『トランジスタ・ラジオ』

 そして「日本の有名なロックンロール」と称して『上を向いて歩こう』も歌っていた。
 あの超有名曲も、清志郎が歌うと唯一無二のロックンロールになるのだ。

RCサクセション『上を向いて歩こう』

 ド派手で、ピョンピョン動いて、叫んで、歌って、でもMCはどこかシャイで、その全てがかっこ良かった。
 清志郎の曲をまだそこまで知らなかった私は、それから初期のRCサクセションやタイマーズ(あっ、これは別人なんだった)など様々な曲に触れた。

 その中でも特に好きになったのは、『わかってもらえるさ』と『よそ者』とH.I.S名義の『日本の人』だ。
 清志郎はハッピーな楽曲だけじゃない。
 世間から爪弾きにされている人、不器用に生きる人のために歌う曲がある。

RCサクセション『わかってもらえるさ』

RCサクセション『よそ者』

H.I.S『日本の人』

 『よそ者』にも『日本の人』にも何度も助けられた。
 『よそ者』は、

  踊れば揺れる 胸に降る 
  かなしさ どのくらいかなんて
  おいら知らない けむる港町


 という歌詞が好きだ。

 イントロが暗くて重たいのに、この部分に入るまでに街灯がポツポツ点いていくように、明るい音色が増えて行く。

 そしてこの場面にさしかかるとどこか明るさすら感じるのだ。
 そして最後の「けむる港町」で景色が一気に思い浮かぶ。

 楽しいはずなのに、どこか100%で楽しめなかった飲み会の後の、ひとりぼっちの帰り道でよく歌っていた。

 どうして自分は素直じゃないのか、どうして急に楽しい気持ちが失せてしまったのか。
 そんなことを思いながら甲州街道で歌っていた。

 『日本の人』は坂本冬美が歌うところでエモーションが爆発してしまう。
 夕焼けと共に行ったことのないのに懐かしさを感じる街が頭に浮かぶ。

 高野文子のマンガで『美しき町』という短編があるのだが(『棒がいっぽん』に収録されている)、その作中に、まさに!という景色が見開きで出てくる。
 最初に読んだ時にこの曲が頭に浮かび、涙が出た。

 そして『わかってもらえるさ』は脚本のコンクールや企画書作りで鳴かず飛ばずだった時に何回も、いや何百回も聞いて歌っていた。
 この記事でも触れている。

 『阿賀に生きる』について書いていたのに大脱線している。

 ちなみに5年くらい前にNHKBSでやっていた『名盤ドキュメント』という番組でRCサクセションのアルバム『シングルマン』を取り上げていた。

 当時のマルチトラックテープを再生させ、どうやってあの名盤が誕生したかを紐解いていた。
 その中でも特に心に残ったのが『やさしさ』だった。

RCサクセション『やさしさ』

 サビで「ズルい、ズルい」とコーラスが何度も言うのだが、その「ズルい」の清志郎のトラックが凄まじい絶唱だったのだ。
 身を切るように「ズルい、ズルい」と何度も叫ぶ声はひたすらに痛かった。

 こんなにいい曲を全身全霊で作っているのに、世間もレコード会社も全く見向きもしない。
 当時の怒りや焦りが音として刻印されていた。
 その音が、自分の状況と重なって、心が折れそうな時は何回もこの番組を再生させた。

 『シングルマン』は宝箱のように今なお色褪せずにキラキラと輝く曲しか入っていない。
 でも当時は全然売れなかった、と述懐していた。
 そこから清志郎は化粧をし、派手な衣装を身に纏い、ステージを縦横無尽に動き回るようになる。
 『シングルマン』はトンネルの出口、というか一番深い闇の部分だったのかもしれない。
 だからこそ、このアルバムの最後に流れる『スローバラード』の、「悪い予感の かけらもないさ」という言葉の美しさに胸を打たれる。

 きっとこれからも何度も負ける。負けて負けて負けまくる。
 その度にもう一回、もう一回、と何者かになるために清志郎を聞く。
 もう会えないけどその姿を思い浮かべる。

 マントを纏い、ステージを練り歩き、盛り上がったところでバサッと脱ぐ。
 あの姿が忘れられない。

RCサクセション『すべては ALRIGHT (YA BABY)』


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