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海賊版のおっさんと、おれ

おれの「ビートルズ 最初の1枚」は最悪だった。

確かおれが中2か中3だったので、90年代中頃という、日本が今よりもちょっとだけ雑で、おおらかだった時代の話だ。お金のない中学生のおれは、CDを買うのに慎重だった。小学生の時、不運にもクソゲーを掴まされて、でもそれしかやるゲームないからクソゲーを一定期間(次のお誕生日まで等)やり込むっていうのあったよね〜っていう、レトロゲームを語る時にあるあるな会話だけど、CDを買う時のおれもまた、だいたいそんな感じの心理状況だった。特にアルバムは3000円もするので重要だ。一度買ってしまったら、ざっくり1,2ヶ月はそのアルバムを聴き込む事になる。好む好まざるに関わらず。

同時に14歳ってなんだか中途半端な知恵をつけるお年頃で、「何やらあそこの通り沿いの露店で安くアルバムが売ってるらしい」という怪しい噂を、怪しい大人から聞きつける。「え!中古じゃないのに、新品なのに、安く買えるの?ええ!あの曲とあの曲が一緒に入っているベスト版なんてあるの!?すげえ!すげえ!」

鼻垂れのガキではあったけれど、そんなおれでも、「CDや本というのは、法律で値段が固定されているらしい」というボンヤリとした知識はあった。でもだからこそ、社会の裏技を発見したみたいな喜びはあった。最初は少し怖かったけれど、興味半分でその露店に行ってみた。

そのお店はいわゆる『ブートレグストア』と呼ばれる、海賊版音源を扱うお店だった。当時おれはそんな言葉がある事さえ知らなかった。そこはお祭りで登場する屋台よりもうちょっとだけ手の掛かったレベルの内装でテントが張ってあって、中にステンレスのラックを並べて、LPとかCDとかを並べている露店だった。更にテントの内側にはボロボロの暗幕が張ってあって、それに向かってピンライトが何本か立ててあった。今で言う『間接照明』だけれど、当時はそんな言葉さえなかった。でもそれだけでなんだか「雰囲気」が出ていた。(何年か前にプノンペンに行ったら、似たような店がいっぱいあって嬉しかった。)

露店には安いCDラジカセが置いてあって、初めてそのお店を訪れていた時に掛かっていたのが、Beatlesの"I saw her standing there"だった。しかも何やら聞いたことのないライブ版だ!うわー!いきなり出た!これがブートレグサウンドや!

—ここで基本的な「ブートレグ」についての知識を書きたいと思ったのだけれど、僕は82年生まれのロスト世代なのである。そのため「海賊版」と言ったらCDの事を最初にイメージするし、この話に出てくるコピー品は「ライブで観客席から無許可で録音」とか「レコーディング時のアウトテイクを謎のルートで入手し、まとめたもの」というものもあるにはあったけれど、基本的には当時のパソコンなどで既存のCD音源を無理矢理コピーしたもの、となる。ブートレグはLPレコードなどの時代から生まれたアナログ音を源流とする文化なので、こういった「あの時はこうだった〜」的な記事で、僕が賛否両論あるこの言葉を定義するのはあまり良いアイディアではないという事で、興味のある方は各自ググってみて下さい。

そしてそのお店のおっさんと、僕は仲良くなる。初めて店を訪れた瞬間「あ、こいつ、関わるとすげー面倒くさい事になる大人だ」と、おれの本能が察知した。40歳前後ぐらいで、長髪、服はしばらく洗濯してないアメカジってな感じで、全体的に小汚いおっさん、間違いなくイケメンの類ではなかった。あと性格が暗い。よく客商売やろうって思ったなっていうくらい、暗い。

でも「ガキは金持ってないから邪魔だ」的な態度を取る事もなく、極々一般的な客の一人として扱ってくれているというのを感じて、ちょっとそのお店が好きになった。「また明日、来よう」

お店に通ううちに、「おっさんに頼めば、店に置いてあるCDを、店に置いてあるCDラジカセで流しても良い」という事を学習する。これはおれの人生で最も恵まれていた出来事の一つだと思っていて、金のなかった中学生が、いきなり店舗級のミュージックライブラリを手に入れた(ただしすべて違法コピー品)のだ。当然通いまくった。おっさんはあまり喋る人ではなかったけれど、たまに僕の知らない音楽を教えてくれた。プログレ、グランジ、果てには反戦フォークなど、親も友達も教えてくれない音楽ばかりだった。あとジャズのレコードもいっぱい置いてあったけど、おっさんはジャズが嫌いらしいので、お店のラジカセでジャズを流す事は厳に禁じられていた。ジャズは年配の人達がよく買っていくという事で、なるほど、自分の好きな音楽だけじゃ商売にはならないんだなと思った。

結局そのお店には半年間くらい、ほぼ毎日通い続ける。学校帰りに2時間くらい、ざっくりアルバムを2枚か3枚聞きに行く。テントの中、ラジカセの前でヤンキー座りをして、ただただ音楽を聞いていた。おっさんはレジ裏のパイプ椅子に座り、タバコを吸いながら、新聞とか音楽雑誌とかエロ本を読んでいた。おれとおっさんの間に会話はなかった。おれがその半年間で買い物をしたのは、驚くべき事にたった一度だけだ。なんという図太さだろうと自分でも思う。

で、それがおれのビートルズの最初の1枚。1500円くらいで、青っぽいジャケットで、謎セレクトなベスト版。タイトルは忘れた。1曲目に”I want to hold your hand”が入っていた。全部で30曲近く入っていて、しかも安かったので、コスパの良さを感じ、それにした。

でもその時、おっさんにすごく反対された。

曰く、そのCDはモノラル音源を素人が強引にステレオ音源に変換したもので、しかもダビング時の劣化が酷いやつだから、音質が悪いって。だからやめとけって。その代わり”A Hard Day’s Night”(アルバム名の方の。但し正規版ではない)を特別に1000円で売ってやるって。こっちはベストアルバムじゃないし、モノラル音源そのまんまだけど、それが良いんだって。初期のビートルズは、モノラルで聞くものなんだって。

「でもこの30曲入のCD、このお店のラジカセでも流したけど、普通だったよ?」

いやそうじゃないって。こんな糞ラジカセの再生なんて何でも一緒なんだって。ビートルズをもっと好きになったら、こんな音源あり得ないって、絶対わかるからって。

おっさんが自分の意見を強く主張したのは、それが最初で最後だった。えー、ずっと「何か買え」の一言も言わなかったおっさんが、最初に主張してきたのが「それを買うのをやめておけ」って言うわけー。当時の僕はなーーーんにも知らないガキんちょだったので、「なに急にテンション上がっちゃってんのこのおっさん」くらいにしか思わなかった。数時間後、両親が所有していた、そこそこ品質の良いステレオスピーカーでそのCDを聞いて、ああ、最悪な音源買っちまった、おっさんが正しかったと気付く。

お願いすれば返品交換させてくれたとは思うのだけれど、そこは変な男のプライドってのがあって、「いっぺん、てめえ自身で選んだアルバムを、そう簡単に返品出来るか」という謎の思考回路が働き、実家ではそのアルバムを聞き続けた。音質は最悪だったけれど、ビートルズだったし、有名な曲も多かったので、それなりに回したと思う。あとCDケースの中に分厚い解説書が挟まっていて、そこに日本語で、そのコピー品を制作した人の、ビートルズへの熱い思いが延々と綴られていた。まさにチラ裏といった文章だった。

ある日突然、その露店は消えた。大人になってから知るのだけれど、こういったブートレグストアは警察の摘発を逃れるために、遊牧民のようなスタイルで各地を回っているのだそうだ。おっさんも元々は静岡から来たとかそんな事を言っていたような気がする。そろそろ潮時だと判断したのか、それともマジでガサを食らったのかは不明だけれど、とにかくそれからおっさんには会っていない。もう20年以上前の話なので、おっさんが生きているかどうかも不明だ。

そんで、今のおれ、38歳のおっさんになって、まだその時のモノラル音源探してる。もはやレコードじゃなくても、Youtubeにそれなり品質の音源がポコっと上がってくれればOKっていうレベルなんだけど、まだ、探してんだ。おっさん、まだ持ってたら売ってくんねーかな。おっさん。


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