見出し画像

生活の中心は「家族」にある〜『サードカルチャーキッズ 多文化の間で生きる子どもたち』からの学び③【276】

 子どもの頃に異文化での生活をしたことがある人たちが、国が異なってもそれぞれ似た経験をしていることについて書かれた『サードカルチャーキッズ 多文化の間で生きる子どもたち』を読んで感じたことをまとめてきました。これまでまとめてきた、異文化生活の中における子どもの「アイデンティティー」の形成に関するポイントと、その過程にある健全な「反抗期」を経るためには、今回のテーマ「家族」の在り方が非常に重要です。子どもたちの帰ってくる場所であり、最も自分らしく居られるための家族の在り方について著書から学んだことをまとめておきます。

異文化間を移動する時に大切なこと

 異文化圏での生活を始める時、大人も子どもも含め家族全員にいろんなストレスがかかります。これまで何気なくできていたことの1つ1つが上手くいかなくなり、そこにストレスを感じることで子どもに関わる余裕がなくなることもあるかもしれません。
 しかし、そんな時だからこそ家族全員が「自分の思いを口に出す」「悲しい思いに蓋をせず、それらと向き合う」ことが重要なのです。
 それは大人にも子どもにも大切なことで、何らかの悲しみやストレスを感じた時はそれを言葉にしたり、家族と共有することが大切だということが分かりました。

 そして、共有の土台となる夫婦の関係性、そして家族の関係が大きく影響します。

異文化体験による心の変化

ストレスの四段階

ファン(楽しみ)→フライト(逃避反応)→ファイト(争い)→フィット(馴染み)

 異文化体験をした時には、この4段階を通過すると言われます。初めは自国文化と違うところなどを発見し、楽しいという気持ちが起こります。その後は、合わないことにストレスを感じ、現地の人や文化に触れることを避けるようになっていきます。そして、異文化への順応に上手くいかない時はそれらに対する敵対心が芽生え争う気持ちが生まれます。そういった葛藤の時期を繰り返して、最終的に異文化に馴染むことができるのです。

絶え間なく続く「根無し草」と「落ち着かない」感覚

 本書では、アイデンティティーのところでも触れたように「どこにいても中途半端という現実は、すべてに属すると同時にどこにも属さない感覚を生み出す」と書かれています。これは、自国での長い生活経験のあとに異国に移動する大人とは根本的に異なることを示しています。

 異文化への順応の過程でストレスを感じる場合、「否認・怒り・抑鬱・引きこもり・反抗・代償行為」といった反応が起こることも書かれています。異国の文化を否定したり、部屋や家から出ることが苦痛になることがあります。それは順応の過程に起こるストレス反応で、親はこれに適切に対処する必要があります。もちろん、このストレス反応に直接できる処置はありません。その前後の親の関わりが重要になります。つまり、「自分の気持ちを出せること」「悲しみと向き合う」ことです。
 こういったストレス反応が出ている時は、せめて家族との空間は居心地がよく自分らしくいられるようにしてあげることが優先されなければいけません。ここで親が「このままずっと家に引きこもったままだったら」と焦ってしまい、無理に突き放すようなことをすると状況はより悪化します。

ストレスは本帰国にも伴う

 異文化での生活でストレスを感じることがあるのは、誰もが理解できることだと思います。
 その一方で、見落とされがちなのが「帰国に伴うストレス」です。本書では、むしろ帰国した時のストレスの方が大きいとしており、帰ってきたという安心感を感じつつも、これまで経験してきた異文化での価値観との違い、複数の文化を経験したことによる自国文化への苛立ちなどが起こるとされています。

 また、異文化での生活の場合、外見が異なるケースが多いため、周囲の人も「自分たちとは違う価値観の人かもしれない」という一定の配慮があることが多いです。しかし、自国に帰った場合、見た目は同じなので、そのような内面の違いまで配慮されることが少なくなります。
 そういった意味で、見た目が似ている文化圏での移動はストレスを伴うことが多かったりするようです。

 こういったストレスは、本書では「異文化間の移動に伴う通常の困難 + 自国文化へ移動する際の特別な問題」としています。
 つまり、通常の異文化間の移動に伴って起こる、「愛着ある場所を失うことの悲嘆、再び文化バランスの蚊帳の外に置かれる不安感、新しい人たちの住む新しい土地に対する帰属意識を見い出すことの葛藤」に加え、「見当はずれの期待」がさらにストレスを感じさせる要因となるということです。

 今回ここで紹介したストレスは、家庭の中で緩和される必要があります。馴染む過程に起こるストレスや葛藤は必然的に起こる反応であり、むしろ「順応に向かうために必要なプロセス」と考えられるかどうかは大きな違いです。その時の家族の理解とサポートが不可欠であることは否定のしようがありません。そこで誤って子どもが家庭に居場所を感じられなかったり、家でもプレッシャーをかけられる場面を想像すると恐ろしい気持ちになります。
 そのため、目の前で起こっていることへの対処療法ではなく、ストレスを感じる前の準備も大切に過ごさなければいけません。日頃から家族みんなが自分の考えを出し、今困っていることや悲しんでいることを共有できることが何より重要なのです。

多くの経験から見えてきた共通点

 この著書の素晴らしいと思うことは、多くのサードカルチャーキッズたちの経験談がふんだんに書かれていることです。
 それぞれの母国や滞在した国が異なっていても、それぞれが経験した悩みや葛藤には多くの共通点があります。そこから、親として、あるいは自分自身が海外で暮らすことでどんな精神的な苦労が待ち受けているのかを知ることができます。
 そしてそれは自分だけが感じるものではなく、多くの人が経験したという安心感と異文化に渡る時の心構えができます。

 次回は最後のテーマとして「悲しみと向き合う」ことの重要性についてまとめていきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。

<参考文献>
デビッド・C.ポロック、ルース=ヴァン・リーケン著、嘉納もも、日部八重子訳『サードカルチャーキッズ 多文化の間で生きる子どもたち』(スリーエーネットワーク、2010)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?