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教員経験を日本語教室の授業に活かす【019】

 私が学習者のサポートをするにあたって、「学習者の行動が変わったかどうか」を自分のサポートに対するフィードバックの第一歩としています。授業では、教える側と教えられる側という明確な線引きをして一方向的な情報の伝達をするのではなく、学習者と共に同じ方向を向いて走る「伴走者」として学習サポートをすることを心がけています。それは大学生の時にしていた学習塾の講師や家庭教師、公立高等学校の教諭であった時から、私が大切に育んできた指導のあり方です。先日、高校現場で働いている友人と話す機会があり、それぞれ自分の授業のフィードバックの方法についてどうしているかという話になりました。そのため、この記事では自分へのフィードバックをどのようにするのかについて自分で考えたことをまとめました。

学びの土台となる「ことばの力」

 私は現在、オランダのデン・ハーグで日本語教室を開き、小学生から高校生ぐらいまでのお子さんの日本語学習をサポートしております。元々は日本の公立高等学校の社会科教諭として8年勤務していました。日々の授業の中で、生徒達のいわゆる「思考力・判断力・表現力」に課題があると感じ、これらを高校教員の立場として中等教育の後期段階(高校のことです)だけで高めていくことはかなり困難であると感じていました。そのため、小学生から高校生ぐらいまでの年齢の生徒に対して一貫性のある長期的・継続的なサポートをすることによって、子どもたちの「思考力・判断力・表現力」の核となる言語運用能力がどのように変化していくのかを知りたいと思っています。

 私の教育目標は「自立した学習者」を育てることであり、その場で完結してしまう学びやテストの点数のような一時的な満足感だけでなく(場合によってはそれらが必要な時もあると思います)、自分の考えを持ち、他者の話や考えを受け止め、物事について複眼的かつ継続的に深く考えた上で、正確に他者に伝えることができる(「思考力・判断力・表現力」にあたると思います)学習者を育てたいと思っております。

「点数」の管理ではなく、「モチベーション(学習意欲)」の管理の大切さを痛感した学習塾での経験

 私が大学生の頃、いくつかの学習塾で1対1の個別指導から30名ほどの集団指導まで、小学生の国語や算数、中学生の英語・数学・国語、高校生の英語や現代文・古文、日本史などいろんな科目の授業をさせていただきました。

 私が働いていた学習塾では、講師、児童・生徒、保護者ともに「成績を上げて、目標の進路に進む」ことが1番の目標でした。その頃の学習に対する私の考えは、「目標とする学校に入学するために努力を重ね、やがてそれが成功体験としてその生徒を支える」ということでした。その学習塾で約2年半、児童・生徒にいろんな教科指導をする中で、生徒の点数を上げることだけにこだわっていた時期は成績がなかなか上がりませんでした。しかし、学習へのモチベーションの管理にシフトし、それをいかに維持していくかということに注目していた時の方が、生徒の成績が上がりやすかったのです。

 つまり、学習の成果(ゴール)だけに着目して「成績を上げるために頑張ろう」と声をかけるのではなく、学習を自主的かつ継続的に始めること(スタート)に着目して「成績を上げるための努力を続けていくために必要なことは何か」を一緒に考えるという、頑張るために必要なものを一緒に見つけるところに注目し、学習者がゴールに向かって自分の力で走るためのサポートが大切だということを学びました。むしろ、このアプローチの方が生徒自身が授業以外でも前向きに勉強に取り組むことができるので、他の教科の学習にも影響をもたらし、最終的に成績の向上につながります。しかし、今考えてみると、「成績を上げる」ことは悪いことではありませんが、それだけでなく「今の自分はどうありたいか」「これからの自分がどうありたいのか」について考える機会を与えるのも大切だと思います。

 当時の私の学生生活を振り返ってみると、大学時代ではいろんな出会いに恵まれましたが、それを中学生や高校生の時期から経験することも大切だと思いました。中学や高校では放課後の部活動も学校内で行うため、学校内での人間関係が多くを占めてしまいます。学校外の生徒との交流や、学校の勉強とは違う自分の趣味や学びたいことを通じた学校外の大人との日常的な関わりも、子どもたちの成長にとっては欠かせないのではないかと思います。また、子ども達の人間関係が広がることで、思春期に感じる不安も少しは解消されるのではないでしょうか。

 オランダに暮らして、子ども達にとって「学校にいる時間」とそうでない「自分の時間」があることの大切さを学びました。オランダの生活に関する書籍を読んだり、娘の友達の家族とご飯を食べたりして話をした時に感じることなのですが、勉強は勉強として学校でしっかりと取り組み、それ以外の時間については、課題をしなければいけない時があったとしても、自分の自由な時間として読書にあてたり、友達とのんびり過ごしたり、どこかへ出かけたりするなど、「自分の時間」も大切にするようです。さらに、「自分の時間」も大切にしつつ、朝食や夕食(またはどちらか)は家族みんなで食べる「家族の時間」も大切にするという意識が、オランダの社会にはあるようです。これが「仕事をする時間」と「自分の時間」をはっきりと分けるという考えの元になっているのかも知れません。もちろん、オランダに住む人みんながそう考えているとは限りませんし、学校の教育方針によって変わってくることもあります。しかし、少なくとも自分で「何をするのかを決める」ことができる余白の部分が子どもにはあり、またどんな時でも家族との時間を大切にするという考えが多くの人にあるように私は感じます。それがオランダの子どもたちの幸福度とも関連しているのかも知れません。

プロジェクトベースの学びは子どもの主体性の原動力

 高校現場にいる時に、私が所属していた国際交流委員会の仕事の中で貴重な体験をさせていただく機会がありました。国際交流委員会というのは、学校によって名前が異なるかも知れませんが、文字通り交換留学なども含めた国際交流に関わる仕事をする組織です。私が勤務していた学校は環境・平和活動に関わる「ユネスコスクール」に加盟しているため、ユネスコ関連の活動に興味のある生徒を集め、対外活動に参加したり海外派遣をするサポートを行う仕事もしています。

 私はその「ユネスコ・スクール」関係の仕事を、主担当の先生のお手伝いとして関わらせていただきました。そこに集まった生徒たちは、まさに「生徒が主体となる活動」をしていました。私は補助的な役割でしかなかったのですが、「模擬国連」や「アジア・ユースサミット」、「子ども絵本読み聞かせ会」などの活動のお手伝いをさせていただきました。「模擬国連」や「アジア・ユースサミット」の詳細についてはここでは割愛させていただきますが、「英語でのディスカッション」や「情報を整理して相手と交渉する」、「グループの中で異なる意見をまとめるためにどれだけ交渉材料を揃えていくか」など、他者との合意形成に至るまでのプロセスを重視する活動でした。

 「核廃絶」や「発展途上国の貧困の村にどのようなまちづくりのサポートが求められるのか」などを正解のないテーマに、日本人同士であったりアジア各国から集まってきた学生とお互いの意見を出し合い、それを課題の解決に向けて議論を進めていくのがとても魅力的でした。

 また、幼児向けの「絵本読み聞かせ会」の活動では、こちらも有志の生徒が集まって、学校の近所に住む児童を対象に絵本の読み聞かせやレクリエーションなどをする企画を立ち上げていました。全てがゼロの状態から、内容から進行や準備するもののアイデアを出し合って企画を進めることは多くの苦労もあったかと思いますが、それ以上の生徒達が得るものはありました。

 これらのことから、「学校の学び」の中で現実世界とのつながりを意識して学ぶ環境を作ることが重要だと分かりました。実際に私が日本語のサポートをさせてもらっている生徒の中には、インターナショナルスクールや国際バカロレアのカリキュラムの学校に通っている生徒もいます。そこでは、特に理科や社会の科目は学ぶ内容が現実世界とリンクしており、生徒の身近にあるものと学校での学習内容の距離が近いと感じました。また、模擬国連やアジア・ユースサミットで扱っていた「核廃絶問題」や「途上国への支援」に関しては、国語で読んだ作品や社会科や理科で学ぶ知識を活用できる可能性があります。つまり、生徒たちにとって、学校での学びが実世界で起きていることにつながると実感できれば、生徒達の学習意欲も高くなることに間違いありません

 また、アジア・ユースサミットでは、貧困問題に立ち向かい日々海外で活動しておられるNGO代表の方のお話を直接うかがうことができました。お話の中には、損得勘定ではなく「困っている人を助けたいという気持ちや情熱」で動いている大人が世の中にはたくさんいて、その活動を支える多くの企業があるという「社会の中での支え合い」の魅力が語られてました。きっとこの話を聞いた生徒達は、自分の生き方について考える良い機会になったと思います。

何のための「日本語教室」なのか

 ここでの日本語教室の話は、主に小学生を対象とした授業の話になります。私の「日本語教室」は、日本語でつながり、子どもたちの世界が広がる場所でありたいと思っています。また、子どもたちが自分の世界を広げることを自ら望み、そのために「日本語で学ぼう」と思える場所にしたいと考えています。それらを実現するため、私が担当する日本語の授業は以下の3つを大切にしています。

① 「必要」な学びと「選択」できる学び
 これまでの私が経験したことを活かして、現在の日本語教室では、「日本語学習に必要とされる基礎的なスキル(「読む」・「書く」・「話す」・「聞く」)を身につけるための学び」と、「日本語を使って好きなことに取り組む学び(「考える」が中心)」の両方を行っております。

 また、日本で国語を学ぶのと少し違い、「母語」として学ぶ場合と「第2・3言語」として学ぶ生徒も一緒の場所で学んでいます。日本語のスキルに関して求めるレベルはそれぞれ異なった設定をしていますが、その生徒たちが日常生活にはあまり持てない「日本語での他者とのつながり」を大切にしています。そして、日本語はただ勉強するためだけのものと考えるのではなく、新しい友達と出会ってつながるツールだと感じられるようにしています。日本語を通じて、家族や学校の友達以外の新しいつながりを持つことは、子どもが見えている世界をより広げることになります。

②  日本語でいろんなことを学ぶ
 子どもたちの学ぶ世界を広げるために、学ぶ内容にも配慮しています。国語を中心に文章を読んだり書いたりすることもしますが、それ以外にも子ども達の興味や関心を育てるための時間も設定しています。生徒から聞いた話では、学校によっては実験のような活動をあまり行わないところもあるようなので、教室の中で行えるミニ実験をする時もあります。

 また、学校で習ってきた計算方法を使って算数のクイズにチャレンジしてみたり、好きなアニメのキャラクター図鑑作りや自分が暮らすまちの地図作りなど、「日本語で学ぶ」ことにも取り組んでおります。活動の途中で日本語を使って説明をしてもらったり、お互いに相談するなど、プロジェクトベースの学びを日本語で取り組んでもらい子ども同士のコミュニケーションが活発になるようにします。そして、日本語で学んだ「概念」を他言語である学校での学びに転移できるようにもしていきたいと思っています。

③ 日本語の勉強を子どもと一緒に振り返る
 子ども達が日々の日本語学習を大切にできるように、定期的に自分の学習に対する振り返りを行います。授業態度なども含めて、「〜ができるようになった」「〜の時にあまりうまくできなかった→(仮にそう思ったとしたら)今後どのように取り組むとうまくできるようになると思うか」など、ここ最近の学習に対する自分の気持ちや成果を振り返ってもらいます。子ども達が自分が達成できたことに喜びを感じてもらうことで、基礎的なスキルに関して苦手なことも続けて頑張ろうという気持ちを持ってもらうように促します。

 そしてその振り返りは講師である私自身も実行します。「日本語教室」での日本語の授業においても、私自身が日本語学習のサポーターとしてこれから学ばなければならないことがたくさんあります。子ども達にとってより充実した学びの場を提供できるように、時には子ども達と一緒に振り返りながら授業を改善しています。学習者に振り返りを促すように、自分にも「授業が上手くできたか」どうかを問い続けています。それをこれからも続けて、「自立した学習者」を育成するために必要な教育的アプローチを考えていきたいと思います。

 以上、私が授業に対するこだわりについて、振り返りながら自分も成長していくことが大切だと気づくことができた経験について書かせていただきました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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