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遥か遠くにある夢、すぐ目の前にある理想

少し前に"Built to Last"(邦題:ビジョナリー・カンパニー)を読んで、いかに組織がビジョンを必要とするかが伝わってきた。

今まさに仕事でコーポレートブランディングにも取り掛かっているわけだけども、理想を掲げて足元が疎かになってしまってもダメだと肝に銘じて進めている。

英語のペーパーバック版で読んでたので意訳だけど、一番最後の方にあったコア・バリューを考えるのに有効なこの質問を繰り返し自問自答してる。


・報われるかわからなくとも守ろうと思うコア・バリューは何か?
・子供にも継承してほしいと願うコア・バリューは何か?
・働く必要がないほどお金を手にして、生きる上で大切にするコア・バリューは何か?
・100年後も同様に有効であり続けると予想できるか?
・ある時に一部や多くが競争に不利となってもそのコア・バリューを持ち続けるか?
・新たな事業を立ち上げるとして、業界にかかわらず、何をコア・バリューとするか?


個人レベルから組織レベルへ昇華させていくのだけど、実際に考えてみて分かるのは今自分が熱中しているのは組織レベルの話ということ。具体的になるので思考がどんどん広がっていくのが楽しい。

大学院生や研究者のキャリアを支援するという大枠の中で、いかに有効な施策を提供できるか?事業としてそれは成り立ち、長く続くのだろうか?

考えれば考えるほど、理想は目の前に見えてきて、
あと一歩踏み込めば手が届きそうに思える。

仕事は順調、好きなことがうまくいっている。
このまま手を抜かないで邁進するだけだ。


逆に個人レベルの話になると、ものすごく曖昧になって抽象的なまま。
私の究極的な夢は、
「古代エジプト語の動詞活用がどのように発達したかを知ること」だ。

99%以上の人にとって、チンプンカンプンな夢。

古代エジプト語は「読む」ことができるレベルで解明されていて、文法書もたくさん出ているし、世界的には今も活発に研究されている。

でも、「構造」や「起源」となると非常にややこしくなり、決定的な見解は存在せず、まだまだ解決されていない。

古代エジプト語が研究され始めてから、ここまで数世紀。
この先の数世紀でもしかすると解明されるかもしれないし、
人類が滅んでも解明されないかもしれない。

そんなモノに心を奪われてしまっている。夢になっている。

私個人の能力では解決できないと悟ったことが、
研究者としての道を自分から外れた最大の理由。

私の夢を叶えるために、今の私が成すべきことは、
同じ志を持ち、私よりも優秀な研究者を世の中に生み出すこと。
数世紀かかる研究を数十年で終わらせて、私が楽しむこと。


今の世の中は特に日本は言語を探究する研究者に冷たい。
役に立たないものは切り捨てろ、役に立たないものは消えろ。
そんな声が国からも世間からも聞こえてくる時代だから。

それでも古代エジプト語の研究が進んでいったら、
私の夢が叶う。
役に立つんだ。


学問に価値を求めるのは馬鹿らしいけども、
あえて価値をつけるのなら人の夢を叶えるかどうかだ。

それでいいじゃないか。


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