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江戸中期から伝わる「皮なめし」をイノシシでやってみた ⑨小麦粉と卵をどう使う!?

このシリーズは、ある狩猟雑誌の取材をかねてチャレンジしています。プロのアドバイスも交えて手順をまとめた記事は、誌面で公開されます。(3月には告知ができると思いますので、お楽しみに!)

今回はついに・・・本格的な「なめし作業」に突入します!

「なめし」の作業には2段階あり、前半は防腐処理、後半は軟化処理なんです。本日の作業からは、軟化の要素も入ってくるんですね。

乾くとスルメみたいに硬くなっていたイノシシ皮が、乾いても柔らかさを保つための処理です。がんばれ皮太郎! 負けるな皮太郎!

これでは…豚肉のピカタじゃないか!?

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鼻息荒く、次のミッションを待ち望むわたしに、師匠のオーガキさんは言った。

「次はミョウバンと・・・、あと小麦粉と卵を用意しておいて」

はぁぁっ、料理!? 

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イノシシってブタの親戚ですよね。それに卵と小麦粉って・・・

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豚肉のピカタじゃないのかぁぁ~!?(写真はイメージです)

師匠は言う「いやいや、これもれっきとしたなめし方やねん。アルミなめしって言ってな、さらにキレイな白になるんや。普通の白なめしは、化学変化を起こさないんだけど、小麦粉を入れることでそこに一つ"手”がつく。一価二価三価の状態や。ちなみに今いちばん多い”クロムなめし”は、三価クロムや六価クロム・・・わかるか?」

はい、まったくわかりませんwww なにそれ外国語???

つまりは化学の分子とかの話なのだが、これが理解できてくると「皮なめしって、むちゃくちゃおもしろーーーい」になってくるんだと思う。知らなくてもいいけど、知ると楽しい話。

次の章では、自分が師匠や理系のみなさんに聞いて勉強してわかったこと、おもしろいと思ったことを書いておきますね。飛ばして読んでもOK!

【化学コラム①】なぜ皮が柔らかくなるの?

そもそも、皮が乾くとどうして硬くなってしまうのだろう。答えは、皮の中のコラーゲンが乾くとカチカチに固まってしまうからだ。

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それを防ぐために、「なめし」ではコラーゲンとコラーゲンの間に「柔らかく取り持ってくれる”仲介者”」を入れるんだそうだ。

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その仲介者が、クロム(金属)やタンニン(植物からの抽出物)だったりするわけですね。この仲介者の名前で、「クロムなめし」や「タンニンなめし」って呼ばれてます。今の皮なめしの主流ですね。

で、これらの分子には「酸化力」がある。細かいコトはわかりませんが、ほかの物質とくっつくチカラ みたいなもんらしいです。よく化学の教科書などで見かける分子の図で、◇や〇から手が伸びてるアレの状態だそう。

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手の数は「一価、二価、三価」などで表される。

●豆知識● 革でいちばん多いのは、早くて安く仕上がるクロムなめしだ。基本的には3本手がある「三価クロム」が使われるそうだけど、たまに6本手の「六価クロム」ってのができちゃうときがあって、それに毒性があるとかで問題になるみたい。

師匠によると、「タンニン」には複雑な手がたくさんあって、単純に〇価って言えないらしい。千手観音みたいなものだろうか。

【化学コラム②】では、白なめしの”仲介者”は誰か?

じゃあ、白なめしの”仲介者”はいったい誰? 師匠によると、実は不在だったらしい! コラーゲンの仲介物質は、なかったんだとか!? 

※「ミョウバンなめし」って言葉もあるけど、ミョウバンにも手はないんだって。理由は「無理やり化合させたり抽出してない、自然界の物質そのままだから」とのこと。あくまで他の物質の浸透を助ける「お手伝い役」に留まるらしく、直接コラーゲン同士の仲立ちができるワケじゃないんだ。

たしかに、白なめしでググると「水、塩、菜種油のみで皮をなめす」って書いてある。しかし塩に酸化力(手)はない。どうなってるの、師匠~!?

「だから昔の白なめしは、すごく硬いときと柔らかいときがあって、不安定だったんや。柔らかくなるときは、温度が高くて腐る直前や皮の繊維が細いときなど。そのあんばいは、職人の見極めでマニュアルはなかった。だから弟子は見よう見マネで体得していったんや」

では、昔ながらの手法でやる職人さんがいなくなった今だと、再現するのがとってもむずかしいですね・・・(泣)

そこで師匠が思いついたのが、昔ながらの手法を守りつつ、誰でも柔らかくなめせる「とっておきの仲介者」の導入だった。

【化学コラム③】小麦粉と卵を使う「アルミなめし」

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とっておきの仲介者。それは、なんと小麦粉だったのです!!

小麦粉は、酸化力(手)が一本ある「一価」の状態なんだそうな。

これは「アルミニウムなめし」とよばれる、とても古い起源の方法。メソポタミアとかミイラの時代にはあったみたい。16世紀には小麦粉を使ったやり方が行われていたとか。

この1本の手が、コラーゲン同士をやわらかく結び付け、後から入れる菜種油もやさしく引き込んでくれるそうだ。すごいぜ小麦!

じゃあ、はなんのため? というと・・・

バクテリアを破壊する酵素を持っているそうです。あとミョウバンと反応して発熱して、なめしの速度を上げる働きもあるとか。「脳しょうなめし」の脳しょうも、この卵と同じ役割。

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たしかに、卵と小麦粉、ミョウバンをまぜて置いておくと、ほんのり温かい。じんわり発熱してるんだ。感激! 化学って台所からもやってくるんだ、おもしろい!

そして、姫路の白なめしは、ミョウバンも塩もこの台所セットも、どこまでも自然そのままのものを使ってるんだってことがわかった。

ちなみに、クロムやタンニンだとなめした皮に色がつきます。金属系のクロムは薄い青。師匠の工場にも・・・下の写真を見てください。通路の真ん中に積んであるのがクロムの革です。タンニンは茶色になる。

ふだん使っている革製品の茶色って、ほとんどが着色してあるんですね。

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でも、白なめしには色がつかない。あの美しい乳白色は、みずみずしい原皮そのままの色なんだ。原理を知ると、一層白なめしが愛おしくなる。

タンニンやクロムも知れば好きになるんだろうなぁ。

発熱、泡立ちの神通力

さて、ノーガキはさておき、作業です。

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乾いた皮にを塗り、その上からミョウバン・小麦粉・卵をまぜた「台所セット」をまぶしていきます。

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あれ、毛根も黒いままだし、全然入っていかない~。

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師匠にLINEすると、またしても「乾きすぎ!」とのことだった。どうやら、二度目の川漬け以降は、日数ではなく時間単位で水分量を見てやらないとダメなようだ。皮太郎、デリケートな思春期。

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焦って水をスプレーで補給。適当な容器がなかったので「激落ちくん」を水ですすいで再利用した。

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濡らして、ごしごしこすっていると・・・なんだか泡立ってきたぞ。ミョウバンの発熱といい、怪奇現象の数々に気分が高まる。「こりゃー、龍神さまの仕業でねえか。ありがてえ、ありがてえ。ほら皆の衆、もっと速くこするんだ!!」

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手のひらが真っ赤になっても、夢中でこする。ハイテンションになり、オリジナルの呪文も唱えてみた。

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卵にまみれて、ある意味おいしそうだ。

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皮は堅いままだったが、どうにか柔らかくなってくれるといいな。祈る気持ちで靴箱の前に奉納する。

師匠によると、小麦粉(手が1本のフェノール基?)を浸透させるために、1週間以上はかかるらしい。

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龍神さま、たのんますだ。

しかしこの翌日、さらなる苦境が村を襲ったのであった(村じゃねえ)


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