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おみくじに著作権はあるのか? 平野多恵

『おみくじの歴史―神仏のお告げはなぜ詩歌なのか―』の著者、平野多恵先生が「おみくじ」と「著作権」という意外な組み合わせから、おみくじの本質に迫ります。神仏のお告げとして詩歌を捉え、そこに込められたメッセージを解説する。「良いおみくじ」には創造的な作業が伴っているのです。

 誰がおみくじをつくっているのですか? おみくじを研究していると言うと、よく尋ねられる。おみくじによって異なるが、神職や僧侶など各社寺の関係者、社寺から依頼された研究者などの専門家、おみくじを製造する業者が携わっていることが多い。

 おみくじの製造で有名なのは、山口県の女子道社じょしどうしゃである。その母体は二所山田にしょやまだ神社にあり、同神社の宮司によって明治時代末期におみくじが考案された。明治三九年(一九〇六)、宮司宮本重胤しげたねが女性の自立を促す教化活動の一環で機関誌『女子道』を創刊し、その資金源として考案されたものというが、そればかりでなく、おみくじを通して神の教えを伝えようという意図もあったようだ。

 女子道社では「神教みくじ」「赤みくじ」「英和文みくじ」「恋みくじ」など、さまざまなおみくじがつくられており、その多くに和歌が記載されている。ほとんどは、明星派の歌人であった第二十一代宮司の宮本重胤とアララギ派の歌人であった第二十二代宮司の宮本清胤きよたねによるものという。

 女子道社のおみくじは全国の社寺でもちいられている。おみくじの収集を続けるうちに、女子道社のおみくじの歌が、それとは知られない形で他の社寺のおみくじとして使われているのに気づくようになった。「それとは知られない形」というのは、形式を少し変えただけで、女子道社のおみくじの歌や解説の文章をほぼそのまま写したものが授与されているということである。

 それってどういうこと? と思われた人もいるだろう。次の写真をご覧いただきたい。①は女子道社製、②は某神社の第三七番のおみくじである。レイアウトは少し異なるが、和歌も運勢もほぼ同じ内容だ。そればかりではない。女子道社製の歌「春くれば花ぞさくなる木の葉みなちりてあとなき山のこずえに」は木の葉がすべて散ってあとかたもない山の木々の梢に春がくれば花が咲くことを詠んだものだが、それが某神社のおみくじでは「春くれば花ぞさく木のはみなちりてあとなき山のなるこづえに」となっている。太字の「なる」の位置がずれており、和歌が意味をなしていない。

①女子道社製おみくじ(『おみくじの歴史』掲載)
②某神社おみくじ

 こうした誤植が生じるのは、おみくじの歌がないがしろにされているということではないだろうか。おみくじの歴史をたどると、その和歌や漢詩は神仏のお告げであり、おみくじの要だとわかる。それを理解していないから、このような意味の通じない歌がおみくじに載せられてしまうのだろう。

 ここで気になるのは、このようなおみくじは女子道社のおみくじを無断で複製したもので、著作権侵害にあたるのではないかということだ。著作権は、著作者が著作物を創作したときに自動的に発生する権利で、著者の死後七十年まで保護される。「著作物」は著作権法第二条一に「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義される。おみくじの和歌は「文芸」であり、その歌や解説には思想や信仰にかかわるものがあるから、おみくじは著作物と考えてよいだろう。死後七十年までという点は、女子道社のおみくじの著作者は誰かが問題となるが、明治末期にはじめて作られた後、改訂を経て現在の形となっているから、改訂時から七十年が経過していない可能性がある。

 文化庁ウェブサイトによれば、著作権は「知的財産権」に含まれ、知的な創作活動によって何かを創作した人に付与される、「他人に無断で利用されない」といった権利とされる。「知的財産権」には、著作物を保護する「著作権」、発明を保護する「特許権」、考案を保護する「実用新案権」、デザインを保護する「意匠権」、営業標識を保護する「商標権」等があるが、近年、知的財産権の対象は拡大される傾向にあり、今後、右記以外にも様々なものが保護の対象となる可能性があるという。こうしたことをふまえると、女子道社のおみくじも著作権の保護対象となりうるのではないだろうか。

 おみくじの著作権を考えるうえで注目したいのが、「開運推命おみくじ」の著作権侵害をめぐる民事訴訟だ。原告はカルチャースクール等で四柱推命学に関する講師をつとめる中国思想研究者、被告は寺社向けのおみくじ製造販売業者である。原告が作成したおみくじを被告が無断で複製して販売したことに対して著作権侵害と差し止めを訴えた。令和三年(二〇二一)一月に裁判の判決が出て、被告の著作権侵害性が認められて原告が勝訴し、損害賠償と慰謝料が支払われた。

 本件には次のような経緯がある。平成二五年(二〇一三)に原告・被告およびC寺は原告が作成した「開運推命おみくじ」の著作権侵害問題で和解し、平成二九年三月にも原告と被告の間で和解が成立している。二度にわたって裁判上の和解がなされたにもかかわらず、平成二九年一二月に被告が「改訂版開運推命おみくじ」を販売、平成三〇年一二月に「現行版開運推命おみくじ」を作成して販売を続けたため、原告はおみくじの無断複製、販売行為は著作権侵害にあたるとして本訴訟がおこされた。

著書『おみくじの歴史』の書影

 裁判の主な争点は、被告の製造販売したおみくじが原告の著作権および著作者人格権を侵害するものであるか否かである。判決文によれば、訴訟の対象となったおみくじは一〇〇種類の個別のおみくじからなり、「開運推命おみくじ」と記載されたものという。どの番号のおみくじにも運勢全般(総合運勢)についての説明がある程度の長さのまとまりのある文章で記載されるほか、原則として、金運、事業運、仕事運、学業運、健康運、家庭対人運、異性運等についての簡単な説明が記載されている。

 裁判所は、同番号のおみくじに記載された各々の運勢等の説明が、その内容だけでなく表現もほぼ同一であると認定し、作成時期や共通点の程度、内容に照らして、被告のおみくじは原告のおみくじに依拠して作成されたものと判断した。さらに、被告のおみくじが原告のおみくじの創作性のある該当部分を有形的に再製するものであり、被告がおみくじを作成する行為は原告のおみくじの複製権を侵害するものと結論し、被告に該当のおみくじ文書の複製または譲渡を禁じたうえで原板の廃棄および原告への損害賠償と慰謝料の支払いを命じたのである。

 この訴訟については裁判所ホームページの知的財産判例集で詳細が知られる。判例集に載るというのは、おみくじの著作権を争った本件に先例的価値があるからだろう。

 誰がつくったかわからないおみくじに著作権があるのだろうかと思う人もいるかもしれない。たしかに、おみくじの作者が表に出ることは少ないし、おみくじは奉納された時点で神仏のことばとなる。しかし、そのおみくじが世に出るときには、それを創ったり解説を書いたりするところに、なんらかの創作行為が加わっている。

 おみくじの歌は、それを受け取った人の心に寄り添い、柔軟に解釈できるものがふさわしい。そしてその解説は歌の核にあるメッセージを意識して書かれたものであってほしい。それこそが神仏のお告げの歴史をふまえた創造的なおみくじである。

 研究を続けるうちに、おみくじには良いおみくじと悪いおみくじがあると思うようになった。この良し悪しは吉凶ではない。良いおみくじは神仏のお告げの詩歌からメッセージが導かれている。神仏のお告げを大切にしたおみくじが、もっと増えることを心から願っている。

・文化庁ホームページ「知的財産権について」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/chitekizaisanken.html
(二〇二三年一二月二三日閲覧)
・裁判所ホームページ・知的財産裁判例集「平成31(ワ)2597等 著作権侵害差止等請求事件 令和3年1月26日 東京地方裁判所」
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=90086
(二〇二三年一二月二三日閲覧) 

(ひらの たえ・成蹊大学文学部教授) 


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