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僕がなぜ生き急ぐのか。-続編Ⅰ-

はじめに。

この投稿はこちらの記事から始まる前編、後編の続編となりますので、こちらの記事をまだ読んでいない方は是非こちらから読んでいただきたいです。

今から2年前の投稿になります。

それでは本編に行きましょう。

ある日、精神病になった。

ファンド会社で働いていた僕は、その後、精神病と診断された。
原因は伏せるが、簡単にいうと自分にあまり合わない環境で、無意識に無理していたんだろう。

僕はある日、テンションが上がらなくなり、そして下がることもなくなった。

ずっと0の状態。良くも悪くも”無”になってしまった。

これがきっかけで病院にいくことになり、結果、会社をやめないといけなくなった。

僕が診断されたのは”適応障害”です。

適応障害とはストレスが原因で引き起こされる感情や行動の症状によって、仕事や学業、家事育児を行うなどその人の社会的機能が大きく阻害されたり、困難になっている状態である。その人にとってはストレスに感じることが、他の人にはストレスではないこともあるように何をストレスに感じるか、ストレスにどのように対応するか、耐えられるかという耐性は人それぞれである。この場合のストレスとはその人にとって重大な生活上の変化や、ストレスが解決されないままストレスに満ちた生活や生活する中での出来事を指す。適応障害の誘因になるストレスは、PTSDと異なり、職場環境、学校での出来事や人間関係など日常生活で起こり得る状況である。

先生に言われた治療方法はただ一つ。

『原因となる環境からいち早く離れて療養(休業)することです。』

働くことが好きだったのに、
まさか働くことが生きる障害になるとは考えもしなかった。

しばらくして会社を自己都合で退社。

約3ヶ月間療養生活がスタートしました。

とりあえず起業しようと思った。

無職でしたが失業保険が受けれなかったのでなんとなく最低限稼ぎながら、ひたすら家に篭り勉強、スキル構築を行いました。

もうこれしかない。

そう思いこみ自分主体で会社を作る準備をしました。

そして療養を終え、後輩とデザイン会社を起業。
京都本社、東京支店の同時スタートでした。

ただ、最初のキャッシュフローのミス(超凡ミス)とパートナーが事故してしまい事業は開始3ヶ月目でストップ。

資金繰りの為に3名の経営者の方々から融資していただきなんとか耐えましたが、立て続けによく無い流れになってしまっていたのですぐに後輩に会社を譲渡し、先輩の会社に入り新規事業の責任者としてお世話になることに決めました。

2019年の年明け。
僕は投資ファンドのGMでもなく、若手起業家でもなく、会社員になりました。


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続きはⅡで追記していきます。
2020.05.10


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