見出し画像

アイデアで会社を元気にします!

あるいは、ちょっと長めの僕の自己紹介とこれからやりたいことについて。という記事にようこそ!

長めなのでお時間のあるときにでも読んでいただけると嬉しいです。

あ、せっかちな人のために「結論」書いておきますね。

「僕は、経営者を元気にして楽しい会社を増やしたい」
以上です。

では始まりはじまり。

僕のツイッターでの名前は、田井ヨシフミ@アイデアで会社を元気にしますとしてます(2020.7.8日現在)
✳︎飽き性なので、そこんとこよろしく。

元々はブランディング馬鹿一代だったのですが、思うところあって変えました。(注1)

この記事は、僕がどうしてアイデアで会社を元気にしますと言ってるのか?ということと自己紹介を兼ねて書いてみたいと思います。

というわけで、まずはよくあるプロフィールから。

(仕事を始めるまでの生い立ちに興味がない方は、ここはスルーして見出し2.サラリーマン編へ移動お願いします)

1.生い立ち編

1961年岡山県生まれ。
生まれたのは高梁市という県の真ん中当たりにある市で、その市のなかでもさらに田舎の辺鄙なところ。

幼稚園から高梁市内に引越しして小学校5年生まで過ごし、そこからまた岡山市内へ引越し。

子供の頃から一人遊びが好きで、本や漫画を読んだり絵を描くのが好きな子供でした。

初めに入学した高校で酷いいじめに合い、一年生の夏休みに中退。

毎日ぶらぶらしてたのですが、本屋で偶然見つけた本で急に因数分解と英文法に目覚め、翌年それなりの進学校に潜り込むことに成功。

最初のうちこそ成績は上位でしたが、慢心がたたり、すぐに落ちこぼれに転落(笑)

高校時代は美術部と漫画研究会に所属。中学から聴き始めたロックを聴きまくったり、ミステリー・ハードボイルド・SFなどの小説や大友克洋の漫画などを読みまくったり、ギター弾いてバンドごっこしたり、文化祭の演劇を企画したりして、それなりの青い春を過ごしました。

大学は京都で、クラブ活動もせず、学校では図書館で本読む以外は、授業もほとんど出ないでアルバイト三昧の日々。ジャズを聴き始めたのもこの頃。

3回生から始めた直焙煎珈琲店のアルバイト先の社長に、妙に気に入られ、新規オープンした支店のカフェで働いてるうちに、学生のまま店長に。

大学卒業の単位が不足してる上に、就職活動がめんどくさいのと、それなりの収入があったので、大学は自主退学して喫茶店の雇われマスターになったのが社会人デビュー。

2.サラリーマン編

店長をしていたカフェが別の会社が買い取られることになり、僕は岡山に帰って就職することになってたのですが(親のコネでパン屋に就職も決まっていて、もしそうなってたら僕はいま頃パン屋になっていたかも)、買い取る側の社長から「スタッフごと欲しい」ということになり、居残ることに。

ところが、結局、その買収話はなくなり、僕は買い取る予定だった会社に就職するという思わぬ展開になりました。

その会社は、ラーメン店・アイスクリームショップ・カレーレストラン・イタリアンレストランなどをやっていた会社で、僕は新規オープンするプールバー(ビリヤードのできるBar)のマネージャーを任されたあと、本部でマネジメント業務や販促の企画を担当。
印刷物の発注方法を覚えたのもその頃です。

その後、お店を作る仕事がしたくなって、内装工事会社に転職。

当時流行っていた空間プロデュサーというのに憧れて、インテリアデザイナーになりたかったのですが、知識も経験も皆無の僕を雇ってくれる会社は皆無で、かろうじて現場監督なら採用してもいいという会社に入社。

その頃はバブル真っ盛り、朝から晩まで複数の現場を掛け持ちするような日々が続きましたが、内装だけで1〜3億円というような(いまでは考えられないような)物件の仕事に関われたことはいまも財産になってます。

バブルが崩壊して、チェーン店の似たような仕事ばかりになり、面白くなくなったので退職。

しばらくブラブラしていたら、昔の知り合いから電話があり、「いま印刷会社にいるから遊びにおいでよ」と言われて行ってみると、社長さんがいて「営業してみないか?」と誘われました。

生まれてから一度もスーツを着て仕事したことないし、営業も未経験だったので自信もなくお断りしたのですが「いくら給料出したら来てくれる?」と言われて、当時の僕にしては思い切った金額を伝えたところ、払うと言われ、後に引けなくなって就職。

入社してしばらくすると、僕を誘った知人を始め3人いた先輩営業マンが次々と退職して営業マンが僕1人になるというまたまたとんでもない事態に。

おかげで、ここでも営業マンとしてのスキル(自己流ですが)を無理やり身につけることができました(ポジティブ思考?)

また、この印刷会社には活版印刷機からオフセット印刷機、大型の輪転機まで揃っていたので、実際に印刷物ができるまでを学ぶことができたのも貴重な体験です。
(当時はパソコンはなくて写植や版下や製版の時代)

その後、知り合いの社長さんから、カラオケボックスをオープンしたいから企画して欲しいという僕が以前からやりたかった仕事の依頼があり、退職。

3.独立起業編

カラオケボックスの企画は順調に進んでいたのですが、工事に入ってしばらくしてから、実はその物件自体が違法建築だったことがわかり工事が差しどめされてしまいあえなく中止。

その経営母体が運営していた別のレストランの企画をしたりしていたのですが、もっと企画の仕事を本格的にやりたくて法人化(有限会社)。

そのときに、以前から憧れていたMacを買った(デザイン用というよりもかっこいい企画書が作りたかった)ことが、僕のその後の人生を変えることになります。

当時クオドラ650というMacとスキャナー・プリンターとソフト一式で150万円くらいした(もちろん借金)のですが、まだデザイン会社や印刷会社に普及してなくて、カラープリンターでラフを作って持っていくだけで驚かれるような時代。
(それまでは普通の仕事のラフデザインはモノクロが基本でした)

おかげで、企画の仕事がなくて困っていたけど、デザインの仕事がどんどん増えてなんとか食べていくことができるように。

それから、デザイナーを採用するようになり、企画会社というよりもデザイン会社として仕事してきました。

当時は、宅配ピザチェーンや、普及し始めた携帯電話、アパレルチェーン、自動車ディーラー、大学、不動産などのチラシやパンフレット制作がメインの業務。

それから、店舗や会社のロゴマークを作る仕事が増えて、いまやってるようなブランディングに近い仕事が増えたのですが、その頃、当時入居していたビルから路面(1階)のテナントに事務所を移転したことをきっかけに、自社でカフェをオープンしました。(注2)

その後、デザインの業務と並行して、カフェを拡張多店舗化したり、居酒屋、雑貨店、串揚げ店、サロンなどの店舗を開けたり閉めたりしながら自社で運営。年商2億円程度の零細企業を数年続けました。

初めてカフェをオープンして20年ちょっと店舗事業を行ってきましたが、商業施設に入居していた店舗が、商業施設の建て替えのために営業終了したのと同時に店舗事業と会社経営から一旦撤退しました。
(撤退と書きましたが正確には倒産です。この話についてはまた別の機会に。ただ、その時の様々な経験も、現在の仕事にはすごく役立ってると感謝しています)

4.再スタート編

というわけで、25年ほど続けてきた会社を畳み、いままでの経験を活かして、なにができるかなと考えたときに思ったのが

・昔の僕のようにビジネスで悩んでる経営者の役に立ちたい
・元気な経営者や会社を増やすことで世の中を明るくしたい
・子供たちに仕事って楽しそうだと思ってもらいたい
・ブランディングをもっと身近なものにしたい
・僕みたいな生き方してもなんとかなると安心してほしい

みたいなこと。

そこで、新たに会社を立ち上げるときに考えた名前が
株式会社クリエッセ。
クリエイティブ(創造)とエッセンス(本質)をMIXした造語。
キャッチコピーは
FOR BRIGHT FUTURE ( 輝く未来のために )

上に書いたような思いを込めたつもりです。

幸い、元々の本業であるデザイン業はそれなりにうまく行ってたので、クライアントさんも引き継ぐことができて、現在もほぼ途切れることなく企画やデザインの仕事を続けられていて感謝しかありません。

いまは、いままで数多くのクライアントさんと行ってきた様々な経験を活かして、デザイン・ブランディング(注1)・マーケティング(注3)・プロモーション・プロデュース・コンサルティングなどを行っています。

4.これから編

最近、以前よりもブランディングやコンサル的な仕事が増えていて、仕事も安定してきていることもあり、上に書いたような

・昔の僕のようにビジネスで悩んでる経営者の役に立ちたい
・元気な経営者や会社を増やすことで世の中を明るくしたい

という部分を本格的にスタートしようと考えています。

何かを納品するのがゴールではなく経営者の相談係みたいな形で関わり続けるのが理想。
(ホームページや印刷物など成果物を納品する仕事は、納品するまでが仕事になりがちで関わり続けにくいのです)

経営者は孤独なものだというのはよく聞きますし、コロナで大きなダメージを受けて、不安でいっぱいの経営者の方が大勢いらっしゃるのではないかというのも理由のひとつ。

家族や社員や仕事先の人や経営者仲間に囲まれていても、なかなか本音で話すことが難しかったり、弱音をはいてはいけないという思いが強い人が多いので(僕もそうでした)ふだんからお付き合いして、なんでも話せるような信頼関係を作ることから始めたいと思います。

ふつう、そういう仕事ってコンサルタントとか経営アドバイザーと呼ばれるようなことが多いと思うのですが、コンサルタントとや経営アドバイザーは、経営に関する知識を教える人のようなイメージがあって、僕のなかで少し抵抗があります。

僕は、自分自身の起業・経営・倒産という一通りのビジネス経験と、様々な業種のクライアントさんとしてきた数え切れないくらいの仕事、デザイン・ブランディング・マーケティング・プロモーション・プロデュースの実践経験、子供の頃からめちゃくちゃ読んできた本や、観てきた映画、聴いてきた音楽、海外も含めた様々な旅行体験などからなる頭の中のデータベースを使って、経営者が元気になるアイデアを提供すことで役に立ちたい。

やり方や正解的なものを提供するというよりも、経営者の方と一緒に考えて、一緒に「この手はどうですか!」「これならイケるんじゃないですか!」みたいに盛り上がりたいんです。

いま、ちょっと考えてるのは社外取締役(仮称)というネーミング。

外部から関わるのではなく、パートナーとして経営的にも成果を上げるように一緒に相談しながらがんばるポジションとして考えたら、なかなかいいんじゃないかと思ってます。

もし、この社外取締役(仮称)というサービスに興味がある方がおられましたらお気軽にお問い合わせください。
もちろん、デザインやブランディングやそれ以外のお問い合わせや質問でもけっこうです。相談は無料ですし、バックエンド商品とかもありません。

なかなか相談できない悩みも聞かせてもらいますよ・

お問い合わせフォームはこちら

いろんな体験をしてきた僕の仕事観について書いた記事はこちらです。

【下記の記事もぜひ!】
ブランディング・カフェ経営・マーケティングについて書いた記事も読んでいただけると憂しいです。

【ブランディング】
(注1)ブランディング馬鹿一代とブランディングについて書いた記事はこちらです。

【カフェ経営】
(注2)当時のカフェ経営について書いた記事はこちらです。

【マーケティング】
(注3)僕がマーケティングについて書いたちょっぴりおかしな記事はこちらです。

お問い合わせフォームはこちら

この記事が参加している募集

いま私にできること

スキしてみて

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
note.user.nickname || note.user.urlname

いつもありがとうございます!読んでいただけてハッピーです。

ありがとうございます!ハッピーです!
41
クリエイティブコンサルティング会社取締役。その手があったか!というアイデアで、ビジネスの悩みを解決して経営者を元気にするお手伝いをしています。過去にカフェ・居酒屋・物販・サロンなどの経営経験もあり。| 視点移動思考|デザイン|マーケティング|ブランディング| 小説|映画|音楽 |
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。