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「智・覚・動・考(ともかく動こう)」

こんにちは。いつも読んで頂きましてありがとうございます。

前、一時期失恋と仕事がうまくいかないことで病んでいた時に、福岡市の某ツタヤでたまたま立ち読みしたGacktの本に書いていたある言葉を思い出したので書きます。

タイトルにあるやうに、

「智覚動考」


という言葉です。

「ち・かく・どう・こう」と漢字の音読みで読みますが、これ大和言葉(やまとことば)を交えて読むと


「ともかく動こう」


となるんです。

うる覚えなのでちゃんと思い出せませんが、Gacktが先輩から

「普通みんな『智・覚・考・動』の順番で動くんだよ。でも、それは間違いなんだ。『智・覚・動・考』は『ともかく動こう』と読めるんだよ。これが正しい行動の仕方なんだ」

みたいなことを言われたらしいです。

これを読んでけっこう衝撃を受けたんですね、私は。 

というのも、私は長年の読書癖で、「考えすぎる」癖がついてしまっているからです。私の行動様式も

智・覚・動・考

ではなく、

智・覚・考・動

になっていることに氣が付いたんですね。

昔、司馬遼太郎氏の幕末の小説を読み漁っているときに、薩摩藩の西郷さんが、江戸に留学する薩摩藩の子弟に対し

「決して本の虫になるな」


と諭していた、と言っていたと書いていました。

若い頃はそれを自分の戒めにしていたのですが、私はいつの間にかそれを忘れて本ばかり読んで非常に観念的になっておりました。 

この「智覚動考(ともかく動こう)」という言葉は、その観念的になっていた自分に喝を入れられた氣がしました。

考えすぎると、人間やはり行動力とプリミティブな感覚が失われてしまいます。 未来の損得をあまりに考えすぎると、どうしても行動に移せなくなるのです。

しかも、何かのサイトで読んだのですが、この「智覚動考(ともかく動こう)」という言葉は仏教用語らしいです。

精密な哲学を持つ仏教が、「考えすぎ」を戒めるのも面白いことですが、仏教、特に禅は体験を通して真実を體得するものです。

今よりも観念的でなかった時代の人が「考えすぎ」を戒めるというならば、今という時代は一体どうなんでしょうか?

「考えすぎ」で精神を病んでしまっている人が多くいます。

私も何度もその罠にはまってしまっております。

とにかく、考えても物事は進まないこと、それよりもまず行動して、そこで学んで次にどうすればうまくいくか、考えるほうがよほど効率の良いものです。

 

江戸に流行し、明治維新に多大な影響を与えた陽明学にも

「知行合一」

という言葉があり、やはり行動を尊びました。

陽明学の影響を受けたい人にはテロリストになったりした人もいましたが、そのころの日本人にはダイナミズムがありました。

論理的になりすぎると、はちゃめちゃな行動をとらなくなります。 

でもやはりどこかでタガを外す必要があります。


こうやって書いたからには、私も改めてこの

智・覚・動・考

の順番で行動していこうと、また改めて思った次第です。

最後までお読みいただきまして有難うございました!



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