四月ばかの場所4 皮肉屋

前回までのあらすじ:作家志望のキャバ嬢・早季は、友人の「四月ばか」と一年間限定のルームシェアを始める。

※前話まではこちらから読めます。

出会った頃の話をすると、四月ばかは「恥ずかしい」と言って嫌がる。

「たしかにね、『掃除機とヘミングウェイだけは苦手』とか言っちゃってたからね」

「なんかそういうのがかっこいいと思ってたんだよ、あの頃」

 四月ばかは、やっぱりあの時「どうせたいしたもの書いてねぇんだろ」と思っていた、と後になって白状した。

「だってお前、ギャルだったし。見るからに頭悪そうだったから、コイツに小説なんて書けんのか? って思ってた」

あたしは「あの頃はああいうファッションが流行ってたんだからしょうがないでしょ」と言い訳する。流行に乗ったのはあれが最初で最後だ(いまいち乗りきれていなかったけど)。

すすきののバーで出会った次の日、あたしは二百枚の原稿用紙を持ってまたあの店に行った。当時はパソコンが使えず、手書きで書いていた。

四月ばかは「ほんとに持ってくるとは思わなかった」と真顔で言った。

赤ペンでの直しがいっぱい書かれた、シャープペンの字がところどころ擦れた原稿の束をカウンターに置くと、彼はおそるおそるといった感じでそれを手に取った。

「ありがとう。絶対読む」

そう言う彼の顔は、大人が子どもに向かい合ったときの優しげな表情にも、子どもが大人に褒めてもらったときの照れくさそうな表情にも見えた。

その次に店に行ったとき、四月ばかは唐突に「早季の言葉にはさ、場所があるよ」と言った。

「早季だけじゃなくて、ギリギリもうひとりぶん、読む人間が座れる場所」

あたしには意味がよくわからなかった。四月ばかは瓶のスミノフを飲みながら続ける。

「俺は文章を読んでても、意味なんて全然わかんないんだ。匂いとか色とか温度とか手触りとか、そういうのを感じてるだけ。あと、光の強さね。早季の物語は遠くまで強く光ってた。俺もそっち行こうかなって思える光」

四月ばかは自分のことを話しはじめた。

彼は本来なら高校三年生の年齢だけど、高校へは初めから進学していない。実家は帯広で、今は札幌でひとり暮らし。昼間はガソリンスタンド、夜は友達が経営するこのバーでバイトしている。ときどき貯めたお金で旅をする。アイヌの祭りと絵を描くことが好き。

あたしも自分のことを話した。

高校になじめなくて中退してしまったこと。友達はみんな高校生活を楽しんでいて、その話を聞くのが嫌で連絡をとらなくなったこと。バイト先でも、たぶん傍目にはなじめているけど、どこか居心地が悪いこと。

そして、居場所を探していること。

「あたし、行きつけのバーを探してたんだ」

誰にも言わないけど、あたしはずっと淋しかった。バーに行けば、そこが居場所になるかもしれないと思ったのだ。

「そのバーのイメージはどこから来てるの」
「小説」
「例えば?」
「村上春樹とか……」

四月ばかが吹き出す。

「ごめんな、こじゃれた会話できなくて」

初めてすすきのに来た日、たくさんの人がいて淋しかった。部屋でひとりでいるときは淋しくないのに、たくさんの人の中でひとりになると、ぞっとするほど淋しかった。

そう言うと、四月ばかは「淋しいって大事だよな」と言った。

「その感情、忘れないようにしときな。アンタは物書きでしょ」

あの頃の四月ばかはわかりやすく斜に構えていて、ニヒルな皮肉屋になろうとしていた。ニーチェが愛読書で、カートがヒーローだった。

でも、皮肉屋になるには優しすぎたのかもしれない。

エキゾチックな顔立ちの二枚目なのになで肩で肩幅が狭くて、色白で、意外とふっくりした可愛らしい手をしていた。

初めて会ったあの日、四月ばかがかけたニルヴァーナのCDは、昨日彼のCDファイルの中にはなかった。

「社会からドロップアウトしてるつもりだったんだよ、あの頃は。それでニルヴァーナ好きって、俺ってすげぇベタだな」と、いつだったか四月ばかは言っていた。

「恥ずかしい」と言いつつ、彼はたぶん、あの頃の自分を可愛いと思っている。それはあたしも同じだ。

四月ばかがニルヴァーナを聴かなくなったのはいつ頃からだろう。

皮肉屋を卒業したのは、いつだったろう。




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