承認一番乗りのコロナワクチンを創った夫婦とは?: ビオンテックは医薬品の”テスラ”

12月2日、英政府が独ビオンテック/米ファイザーの新型コロナウィルスワクチン、BNT162b2を承認しました。欧米では初めての承認となります。2社のうち研究開発と製造を担当するのはビオンテック(現地ではバイオンテックと発音)。ウール・シャヒン CEO(55)と、その妻のエズレム・テュレヂ CMO(Chief Medical Officer.53)が中心となり、2008年に起業した若いバイオ医薬品開発会社です。ドイツはビオンテックから約1億回分の供給を得ることになっているとされ(連邦保健省)、12月末までにEUの承認がおりるのを見込み現在急ピッチで接種体制を整備中です。日本も1.2億回分の供給契約を結んでいて、臨床試験が進行中です。

「シャヒン」「テュレヂ」という経営者の名を聞き、 ドイツ語に触れたことのある人であれば、ドイツ語っぽくない名前だな、と思われるでしょう。こちらはトルコ系の名前であり、お二人とも、ドイツでよく言われるところの「移民の背景」を持つドイツ人です。

ドイツ国内では今、新型コロナに対するワクチン承認で欧米では一番乗り、それもドイツがそれほど強くないとされる医学の応用分野であるバイオ医薬での成功とあり、 話題沸騰中です。先日ワクチンの高い有効性についての報道が流れた時も、トルコ系移民をはじめとする数多くの人がニュースサイトに一斉に祝福のコメントを寄せていました。同時に、統合の問題児とされることが多かったトルコ系移民の快挙は、国内に、驚き、懸念、戸惑いといった感情を呼び、論議も呼んでいます。

丸刈り頭でセーター姿、アジア系ともアラブ系ともみえる顔立ちで、ワクチンについて淡々と語るシャヒン氏(写真)をテレビで初めて見た時は、研究担当者かな、と思ってしまいました。その後、トルコ系移民で、またCEOであると知り、正直なところ驚きました。同時に、同じくドイツに住む移民としてなんだか嬉しい気持ちになりました。 その後、研究開発は奥さんが主体となって行われたことを知り驚くとともに、同じ女性としても嬉しく思いました。サッカーであれば移民系のトップ選手は何人もいますが、医薬品分野で移民系、それもトルコ系のCEOというのは耳に新しい。そしてドイツに住む私が身体に入れることになるかもしれないワクチンの製造者がどんな人で、どんな動機で、どのようなワクチンを開発したのか、好奇心に駆られました。そして移民の背景を持つことが今回の偉業にどう関わってきたのかにも。プライベー トな背景にまで突っ込んだインタビューといったものは見つけることができていないのですが、 しかしながらワクチン開発や企業に関する報道・インタビューを通しご夫婦の足跡を追えば追うほどに、今回の偉業は、二人の移民の背景とも無関係ではなかった、という感を強くしています。

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そこで、ご夫婦の人となりから、研究者として起業するまでの経緯、主力事業ではないSars-Cov-2 ワクチンの開発を手掛けることになった背景、CEO自らによるワクチンの革新・安全性の説明、移民の現状と二人の移民の背景に対するドイツ国内での反応を、ご本人へのインタビューやデータ、現地報道を基にルポルタージュしました。そして最終章では、移民の背景を持つ二人の開発成功の社会における意義と、新たな挑戦についてみていきます。

研究成果を患者にいち早く届けたくて、起業

ご夫婦はどのような道を辿り、医薬品会社を起業するに至ったのでしょうか。

シャヒン氏の父親は、1960年代外国人労働者としてトルコからドイツに移住しフォードの工場に勤務します。父を追い母親と共に 4 才の時ドイツに渡ったシャヒン氏は、幼い頃から科学に強い関心をもっていたといいます。そして医師を志しケルン大学の 医学部に進みます。当時から研究の虫で、大学の授業が終ってからも深夜までラボ で過ごしていたそうです。テュレチ氏はドイツ生まれ。父親は医師としてトルコからドイツ北西部へ移住しています。田舎医として患者さんに尽くす父に倣い、子供の頃は尼僧になろうと思っていたそうです。最終的に父親と同じ医師の道を選びます(DW)。

二人は1990 年代にドイツ南西部のザールラント州ホンブルク市で知り合います。シャヒン氏は ケルンで分子医学と免疫学で教授資格取得後、テュレヂ氏はザールラント大学の医学部を終え博士取得に向けて、大学病院のがん病棟で働いていました。二人はまた同じがん研究グループに属し、ワクチンを使ったがん治療という共通の関心を抱いていました。当時同じ研究グループ仲間でもあった学者クリスチーネ・ファルク氏は二人を「優れた頭脳を持った仕事の虫」と描写しています。テュレヂ氏は、とても正確で目標に向かってまっしぐらに進む人、シャヒン氏は戦略的に考える人だったと語っています。また設立時からビオンテックで働く管理職の1人は「シャヒン氏ほど賢い人には滅多にいない。新しいアイデアを出すと、彼はその前に予見している」 と話しています(Berliner Zeitung)。

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