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(無題)- ある小説の冒頭

◇ 序章 ◇

 僕はふつうだ。
 変わってなんかいない。
 自分がふつうだなんて思っていることじたいが変なことかもしれないけれど、やっぱり僕はふつうだ。
 ふつうであろうといつも考えている。
 毎日、毎日、毎日。
 そればっかり考えている。
 この場合のふつうとは正規分布曲線の多数派に位置するふつうではなく、自分らしくふつうのふつうだ。より本質において、僕は自分のふつうに近づこうと不断にがんばっている。
 
 序章は助走。

 いつも、僕に見えるのは限定された世界の一部だ。
 そして、見ているのはその限定された世界の一部にいる僕。
 つまりは限定された世界の一部だけを認識し、それが世界のすべてだと思っている。
 大半は闇のなか。
 僕は闇を見ることができない。
 四捨五入した概数で毎日を生きている。
 毎日はあまりにもあいまいだ。
 もちろん、あいまいであることに罪はなく、それが通常の生活であることに異存はない。
 それでも、闇が誘惑する。
 光ある場所から僕を引きずり出そうとする。
 何かを表現しようとする試みはそんな闇との戦いだ。
 僕は闇に魅了されている。
 悩ませる闇は内側にあった。
 僕の外側ではないので、内側だ。
 ずっと、奥。
 とんでもなく、ずっと奥……。

 セミの声たち。
 
そ んな思考の深淵に広がる闇を僕は「セミの声たち」と呼んだ。
 セミの声たちは頭のなかの原っぱに棲んでいた。姿形は見えない。姿形があることすらわからない。双方の間にはあいまみえることのできない壁が存在する。僕が闇の世界へ、セミの声たちが僕の世界へ、そのすべてを移送させるのは無理な話ってもの。セミの声たちの実体を知るすべは自ずと限られてくる。
もっぱら、接触は音声にたよっている。鳴声はまるで宇宙の雑音のようだと思う。宇宙の雑音なんて聞いたことがないくせに、それ以外の表現を思いつかない。僕が想像する宇宙の雑音とセミの声たちはよく似ているようだ。
 頭を空っぽにする。
 ことさら何も考えないように努め、外部からの刺激を遮断し、耳を内部に向け、静かに澄ませる。
 セミの声たちが鳴いている。
 不思議な気分がする。不思議な気分になる。微量のドーパミンとアドレナリンをパレットの上でランダムに混ぜ合わせたような精神状態……。ここにいる僕ではない僕。それはまったく別の僕ではない。僕に似た、でも僕ではない僕になる。そして、ここではない、こことよく似た別のどこかへ行ってしまう。
 僕の文章はそんなセミの声たちとの共同作業だ。
 毎夜、行なわれる僕たちの夜間飛行記録だ。
 セミの声たちは僕のそばにいる。
 ときどき、僕はセミの声たちを無視する。
 僕、ひとりで勝手に飛んでいく。
 セミの声たちを無視した文章は空々しい。言葉の葬列だ。それでも間違い、死んだ文章をならべてしまう。そんなとき、僕は自分が嫌になる。僕が僕を嫌いになるのは悲しい。とても、悲しい。過程はどうであれ、最終的に自分を好きになる……それは僕らが生きていくための必要十分条件なのだから。
だから、僕はがんばっている。

 これは僕の「つくったもの」。

 数ヵ月前、僕はセミの声たちといっしょにとても長い物語を書いた。何らかの複雑でシンプルな偶然が重なったのだろう。自信なんて欠けらもなかった。僕たちの文章が他人に理解されるとは思っていなかった。それが正直な、そして素直な気持ち。なぜなら、僕には「小説」を書いたという自覚がなかったからだ。
 既存の小説という枠が僕にはわからなかった。
「音楽」や「恋愛」や「真実」を知らないのと同じ理由で、僕は「小説」を知らない。知らないものは書けないし、知らないものは作れない。もちろん、他人に読まれるため、僕やセミの声たちではない第三の視点を意識はした。だが、それが「小説」であるとは一度も真剣に考えなかった。
 何よりも、僕は何も知らない。
 僕とセミの声たちが綴っていたのは「小説もどき」だと思っている。遠めに見れば、言葉や文章が並んでいるし、そっくりだ。けれど、中身はまるで別物。きっと、この「つくったもの」と呼ばれる文章もそうなんだろう。「小説」という形をかりた他者に対するひとつの自己表現にちがいない。
 すべてを語り尽くした?
 いや、まだまだだと思う。まだまだ、僕とセミの声たちのコミュニケーションはちぐはぐだ。相互理解なんて夢の夢の、そのまた夢の彼方にある。僕の一方的な思いが空回りしている。現在、可能な唯一の方法は僕がもっともっとセミの声たちに耳をかたむけるしかない。そうしなければ、僕とセミの声たちの距離は遠ざかり、僕はふつうの僕に近付けないだろう。

 ふつうの僕になりたい。

 紆余曲折、七転八倒をくぐりぬけ、ようやく僕はここにたどりついた。
 これが再びやってくる混沌への入口かもしれないし、収拾へとむかう収束の糸口かもしれない。
 ヒトははじめから悟っていたのだ。
 そんなふうに思えてきた。
 僕はゆっくりと開き直っている。
 そう、結局、僕は僕なんだ、と。
 僕以外の何者にもなりえない。
 むりやり、ねじ曲げるのはやめた。
 歴史から逃れることはできないが、歴史に背をむけることはできる。
 誰かのペースに合わせるのはうんざりだ。
 僕は意志のかたいあまのじゃく。

 僕は僕のふつうを探し続けていく。


※こちらを大幅に加筆して引き伸ばしたものがこちらのに掲載されました。



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