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ホワイトアウト・ルーム

あなたは窓際の壁にもたれて、外の風景をながめている。とても晴れた日の昼時だ。気持ちのいい世界には気持ちのいい気分が広がっている。あたたかな空気になんの感情もない。あなたには時間という概念が消えている。少しだけ冷えた風が入ってきても、気にするそぶりさえみせない。ただ、その瞬間を、ただ、息を吸って吐いている。そっと、わたしは部屋に入った。すみませんね。あなたは驚いたような顔を見せる。ごめんなさい。そんなにびっくりしないでくださいよ。あなたに会いに来たのですから。

――気分はどうですか?
わたしはたずねた。あなたは満面の笑顔、最高だと言わんばかりの笑みを浮かべている。
――いい天気です、外にでかけましょうか?
あなたはここがいいと思っている。わたしの誘いを断るかのようにイスへと腰かけた。深緑色のパイプイスだ。あなたにはそう見える。色は光がつくるありさまだ。部屋のなかにはあるのはイス。それ以外のものはない。あなたはそう思っている。そう信じこんでいる。
――少し、お話をしましょう
あなたはなにも答えない。答えられない。これまでに味わったことがないような幸せがあなたの口をかたく閉ざしている。いいですよ、そのままで。あなたはわたしがなにものなのかも気にならない。
――昔の話はどうですか、子どもの頃の話とか……
あなたは考えている。でも、頭のなかは真っ白だ。そんなことよりも、いまここにある幸せのじゃまをしないでほしい。あなたはそう思っている。幸せに満ちた服をぬぎたくないと。あなたはわたしにはさからえない。さからえないことが不思議だとも感じられない。
――うなずくだけでいいですよ……
あなたは静かにうなずく。頭のなかにたちこめていた霧が少しずつ消えていく。向こうに見えるのは、あなただ。父に手を引かれてメリーゴーランドにのるあなた。入学式と書かれた校門のまえで写真をとられているあなた。どこまでも広い砂浜をかけまわっているあなた。クラスメートといっしょに校庭でバスケットボールをおいかけているあなた。まるで成長していない。たいていの大人がそうであるように、あなたは中身はずっと子どものままで背たけだけが伸びていった。
――最近の話とか……
はじめてのデートにそわそわしているあなた。これから入学テストだと緊張しているあなた。ひとりで深夜の街を歩いているあなた。あなたは平凡なあなただけを思い出している。もっとずっと最近の、とても重要なできごとには目をふせて。あなたには自分のすべてが見えていない。自分に都合のいい場面だけをおぼえている。あなたはそういう人なのだ。いくら、まきもどしてみても、幸せな場面しか頭にはうかんでこない。

――気分はどうですか?
あなたはわたしを医者のようだと思っている。どうしてなんどもそんなことを聞くのかと。なんども、ではない。そして、わたしは医者ではない。わたしがたずねた言葉があなたのなかでぐるぐると回っているだけ。ただ、それだけだ。
――もっと、最近のことは?
あなたは素直だ。わたしの言うとおりにする。少しばかり目をふせて、じっと考えている。あなたは気づいている。さきほどまで、あれほど感じていた幸せが少しだけ薄れていることに。でも、あなたのなかにはなにもない。なにも。
――思い出せませんか?
ゆっくりと、あなたはうなずいた。あなたのなかが空っぽなのは、あなたがそれをかくしているから。あなたがかくした。あなたがあなたを守るためにかくしたのだ。あなたは感づいている。なにかを思い出すために、思い出させるためにわたしがここにいることを。
――ここがどこかわかりますか?
あなたはあたりをぐるぐると見回していた。でも、あなたには決して見えない。部屋にいる人が、それを見守る人たちが。
――あなたはこの部屋で、あなたではなくなるのです
不思議そうな目で、あなたはこちらを見る。何を言っているのかわからないという目で。あなたに小さな怒りにも似た感情がめばえる。それはわたしに向けられたものだ。だが、それはあなたの行動を左右しない。あなたは立ちあがりもせず、じっと、こちらを見ていた。
――どうです、思い出しましたか?
ふいに、あなたの頭へと深い闇がしのびこんでくる。闇は点だ。点は罪だ。あなたは罪をおかした。最近の話だ。ずっと過去にもあったかもしれない。生まれたときから積み重ねれてきたものかもしれない。とにかく、あなたはあなたがおかした罪でここにはいられなくなった。点が大きくなる。それはまるであなたに近づいてくるようだ。点はいくつもの形をつくっている。その形を、あなたは知っている。そう、それがあなたの罪なのだ。
――ようやく、思い出しましたね
あなたの顔に恐れがさした。あなたのすべてをおおっていた幸せを闇が消していく。あなたは必死であらがおうとする。でも、あなたには無理だ。闇を吹き消すことはできない。どんなに工夫したとしても、どんなに祈ったとしても。つい、さっきまであなたが感じていた幸せは苦しみをふくらませるためのエサだった。幸せが大きければ大きいほど、そのあとにやってくる苦しみが強くなる。苦しみは罪への戒めだ。つぐないではない。つぐないなどありえない。戒めはあなたがあなたでなくなったあとも残る。あなたはその戒めとひとつになるのだ。

――気分はどうですか?
あなたは頭をかかえている。両手がおさえているのは頭なのか、その中身なのか、それとも別のなにかなのか、それはあなたにさえわからない。わたしにもわからない。
――そろそろ、時間です
あなたの口から音がもれた。もう、言葉の形をなしていない音だ。わたしに伝えたいものだったのか、それはあなたにもわからない。もちろん、わたしにもわからない。おそらく、だれにも。
――お別れのようです
あなたはとてもつらそうな表情で、わたしをにらみつけた。それもひとときのことだ。けれど、あなたにはまるで永久のように感じている。この部屋がなくなるまではその苦しみとつきあうわけだが。その先もずっとつづくんですよ。残念ながら。あなたは右手をわたしにむけて伸ばしてくる。でも、届かない。あなたの手がどれほど長くとも、わたしには届かない。わたしはあなたにささやくため、ここに来た。あなたがあなたでなくなるのを手助けするためにこの部屋にやって来た。もし、わたしがいなければ、あなたはそのまま幸せのなかにずっといられたのかもしれない。
――さようなら
もう一度、あなたはわたしをにらみつけた。あなたの目はどこかさびしげに見えた。わたしにはどちらでもいいことだ。すべてはこれでおしまい。それから先は苦しみだけ。ほかになにもありはしない。あなたのからだから血気がぬけていく。あなたを支えていた力が消えていく。おだやかな最後なんてないんですよ。すみません。それがわたしの役目だったもので。ごめんなさい。あなたと会えて、よかった。それでは。ここで。あなたはわずかに残った気をつかって、まぶたをとじた。あなたのなかにあるのは苦しみだけだ。

そして、あなたは気持ちのいい世界と完全におさらばする。


BGM: Mazzy Star - Fade Into You

※こちらのハッシュタグ企画から

#小説 #掌編 #絶対に告白してはいけない相手


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文章と音楽。灰色の脳細胞です。京都生まれの京都育ち。自己紹介&ポートフォリオ(ライター) https://note.mu/yosh_kyoto_ash/n/n04bcedab00cf はこちら。連絡先 yoshikawa.ash@gmail.com

コメント8件

読みました。面白かった!
ただ、情けないことにどこが「絶対に告白してはいけない相手に告白する」なのか分かりません。二回読んだのに分からないという……(汗)。
うーん、主人公が「あなたにささやく」というか、「わたしの役目」をはたすことですかね。解釈は自由というスタンスは理解していますが、ここが分からないと悔しいです。

自作は近いうちに公開しまっす。原稿用紙10枚に収めました。
3番目です。すでにふたりの方がアップされていまーす。明日あたりに最後の告知?しますので、よろしくです。
内容はどのように読み取ってもらってもよろしいかと。2つほどネタを考えて、あいまい(手抜きとも言う)なほうを選びました。「絶対に」という部分がむずかしいです。「絶対に」の基準は人によって異なりますが、「告白」と「絶対に」って相反する言葉なのかなと思ったり。提出するのは別のほうになる予定です。
書けたので読みに来ました。スキです~

なんか穏やかで柔らかな白いひとがやって来た不思議な感じでした。部屋の中は白っていうか僅かにオレンジがかってました。
あ、あ、あ、コメントに気づいていませんでした…ごめんなさい!
雰囲気に逃げちゃった感がかなりあるように思うのですが、まあ、これはこれでいいってことにしておきましょう。ありがとうございます!!
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